様々な技芸の世界の中で

 世の中には様々な分野の技芸世界に、玄人がいて素人・趣味人がいますね。
 それは玄人紛いの素人がひしめく分野もあれば、玄人と素人の間に実力差などという考えがまるでない一種不思議な分野もあり、一方玄人素人間の実力差が天地間ほどもある技芸世界もあります。

 例えば今第一に挙げた技芸世界は、具体的にどんなものでしょうか。感覚的にはこの世界が一番たくさんありそうな気もしますが、案外そうでもないのかも知れません。そりゃそうでしょ、玄人と素人の間の実力差がそんなにないのなら、それで食えるプロの世界にみんな行ってしまいませんか。そんなには玄人の実力はあなどれないはずです。

 というわけで第一技芸世界は、それなりにプロアマ間に実力差のあるジャンルという言い方に変えます。こう変えてしまうといわゆる普通の技芸の世界ですよね。具体的に書きますとスポーツやいろんな芸術芸能界(音楽・美術・芸能・文学・演劇など)がそうだなんて言い方はアバウトすぎますか。まぁ一応、この技芸世界が玄人素人関係の定点です。

 次に第二の技芸世界。これはいわゆる日本的な習い事の世界、お茶お華というやつですね。ただこの世界は、そもそも玄人の人数が極めて少なそうな世界ですね。何人もの玄人がいるという分野ではありません。勢い世襲なんかが行われて、結果的に極めて特殊な世界ながら一度プロになれば結構長持ちのする世界のような気もします。

 そして最後の技芸世界。実は今回のテーマはこれなのですが、この分野はずばり具体的に指摘できます。以下の話題にでてくる友人に教わりました。

   相撲と囲碁将棋の世界

 さてやたらとアプローチの長い持って回った書き方をしましたが、今回のテーマは、わたくし生まれて初めてプロ棋士に「指導対局」をしていただいたというお話しです。

 いえ、私は特に将棋を趣味にはしておらず(中学生の頃友人に一時期教わった程度)、最初は万一プロの方にあまりに下手すぎる将棋をなめているのかという心にあらぬ疑いを掛けられると大変だと固辞したのですが「そんなこと絶対にあらへんから」と友人に説得され、はっきり言ってかなりこわごわ場に臨んだのでありました。

 ……えーっと結果から申しますと、4枚のコマを落としていただいてもちろん当方が負けたのですが、とてもとても楽しいひとときをエスコートしていただいた、と。

 それは、極めて上手にお教えいただき、極めて上手にお褒めいただき、そして最後には例の、噂に違わぬ途中局面を完璧に再現し差し手そのまま辿り直していくという究極のプロ棋士ミラクルテクニックを、わたくしの指したきわめて拙い一局においても披露していただきました。

 ……終わって、友人と一杯飲みつつ一日を振り返りました。
 なるほど、これが玄人素人間の実力差が天地間ほどもある技芸世界ということか、と。
 それは決して圧倒的な強さを誇るのではなく(もちろん圧倒的に強いのですが)、私たち素人にその世界の最高の魅力の一端を味わわせてくれるキャパシティのことである、と。

 そこから私たちの連想はさらに飛躍していったのですが、ひょっとしてこれこそが永遠に父性的なるものの発現ではないのか、と。
 永遠に女性的なるものが私を導くとは確かゲーテの表現だったなどと、わたくしと友人とはアルコールの酩酊も加わって、今日のとても楽しい世界に遊ばせて貰った余韻にいよいよ浸り続ける、そんな「初体験」の一日でありました。
 ……うーん、よかった。


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小川洋子さんのお話……

 先日、作家の小川洋子さんの講演会に行ってきました。でも本当は講演会ではなくて、「作家と語る」というタイトルの、ある女子大学が主催していた会だったので、舞台には、一方に小川洋子氏と司会者、真ん中に少し空間があって片方に8名の文学部所属を中心とした女子大生が扇形をなすという構成の会でした。

 つまり、小川洋子さんが一方的に聴衆に話しかける形ではなく、女子大生の小川氏作品に対する感想や質問を元に会は進行していきます。

 最初私は、この形はつまんないかなーと思ったんですね。そして実際、まとまった話を小川氏から聞くことはできなかったんですね。
 でもその代わり、いかにも女子大生が聞きたそうな質問があって、ということははばかりながらわたくしも少々お聞き申しあげたい、つまりどうしたら小説が書けますかとか、この小説のテーマは何ですかとか、まともにご本人からお聞きするには少々はしたないと思ってしまう(そんなことありませんか)そんな質問で、実は結構面白かったです。

 例えば小川氏が、ああ、これは小説になるなぁとふっと思う瞬間について、いくつかお話しいただいたのですが、そんなエピソードがとても面白かったです。

 どうです? 面白そうでしょ? 聞きたいでしょ? 
 では、ちょっとだけ紹介してみますね。
 (ただし以下は小川氏の言ったそのままの文言ではありません。この様なことをおっしゃったように聞いた私のまとめです。ひょっとしたらまるで勘違いしている表現があるかも知れませんので、そこのところよろしくお願いします。)

1.スポーツ鑑賞が好きでいくつかそんな素材の小説も書いていますが、どんな種類のスポーツでも、それは当たり前ながら身体表現で、言葉から離れた世界です。でもそんな言葉から離れた世界を言葉にするのは、小説になりそうに思います。

2.それは何であってもいいのですが、主人公が大切な出来事や時間に遭遇したとき、その主人公と偶然時を同じくする第三者の視点、というのは小説にとってとても重要な気がします。

3.我々は普段理性によって整理・統合された世界に住んでいます。ただ、そのような世界だけでは、少々息苦しく感じることがあります。そんな時、世界からふっと離れていくきっかけとして大切に感じるものは、なくなったものです。かつては確かにあって、そしていつか何もいわずに姿を消したもの。それは私たちに物語を紡ぎ出してくれそうに思います。

 どうですか。……うーん、とっても興味深いですよねー。
 そんな会でした。うん。よかった。


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ああ生命の偉大なる!

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 このゴールデンウィーク中、ぶらりとこの展覧会(↑)に行ってきました。
 いわゆる「生命の進化」というものへの興味は、わたくし一応人並みには持っていましたが、特にそれ以上の、つまり「趣味」や「マニア」「愛好」といった程度までではありませんでした。
 しかし今回の展示会はとーっても楽しかったです。すーっごく知的好奇心を触発されました。

 でもまー元々私が素人であったからではありましょうが、いくつもの「へぇー」と驚くようなことをお教えいただきました。
 例えばその1、生命は地球上で5回の飛躍的大進歩をした。

 なるほど言われてみれば、ものごとってのはずるずるずるずると坂道を登るように進歩していくのではなく、階段的にある時に垂直的に一気に進歩するって学説は、なぜかと言われれば私のアバウトな頭ではとても説明できるものではありませんが、でも何となく納得できそうな気がします。(このへんがシロートの強みですな。)
 
 その垂直跳びが40億年の生命の歴史の中に5回もあったというのは、なんというか、とーっても興奮的ですよね。
 そしてその「生命の大躍進」と対になっているのが、お教えいただいたことのその2、「5回の生命の大絶滅」であります。

 でもこれは確かに大躍進とセットですね。まず旧世代の生物が大絶滅してその後新世代の生物が一気に栄えるわけで、有名な恐竜の絶滅についてもあれがあったからほ乳類の進化が起こったのであります。

 しかし大絶滅5回というのは、なんだかとっても哀愁を漂わせますね。
 その中でも一等大きかったのが2億5千万年前に起こった「ベルム紀末の大絶滅」というのだそうですが、なんとこの時地球上の生物の90~95%が滅んだそうです。

 95%、ねぇ……。
 こういうのは、なんというか、例えばいつか地球も滅亡する(聞くところによると太陽がどんどん膨張して地球が呑み込まれるそうですね)と聞いた時に、そんな時に自分が生きているはずもないのにどこか不安と淋しさを感じる感覚と一緒という気がするのですが……。

 というふうに、大いに様々な事を感じ考えさせてくれる展覧会でした。
 まだまだ感動的に感心したことはいくつもあるのですが、興奮して書いた文章に名文なしとの教えを守り(いえ「名文」なんてわたくしにはそもそも関係ないのですが)、また残りの感動報告は、いずれ他日ということで。

 いやー、ほんっとうに、生命は不思議で偉大ですばらし一っ、ですよね。


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水の中のジョン・後半

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 さて前回の続きであります。
 わたくし、この手の携帯用のデジタル音楽鑑賞機器については過去にも一度買ったことがあるんですね(ノイズキャンセリングイアフォンまで買いました)。今でもきっと家の中のどこかにあると思うのですが。……で、この書き方がすでに多くを語っているように、買った当座はともかく徐々に聴かなくなってそして現在に至ってしまいました。

 なぜと言いますに、そもそも私は毎日マイカー通勤をしておりまして、またウィークエンドに電車に乗ることがあれば、そんな時は基本的に文庫本を読むという嗜好を持っていますもので、おやこれでは聴く機会がほぼないということに、買ってしばらくしてから気がつく尾籠の後知恵でありました。

 しかし今回は違います。
 泳ぎながら聴くのが主眼であり、それは、本器以外に代用するものがありません。きっと水中では文庫本は読めないでしょうし。

 よし、これは買わねばならぬと私は決心しました。しかしその代価はいかにしようと思ってふと気がついたのが、おおそうじゃ今月は我が誕生月ではないか。
 そこで一緒に電気屋さんに行っていた女房をこっちこっちと呼んで、誕生日祝いの逆指名しかも本日事前戴きを提案、何とか購入にこぎ着けたのでありました。

 そして手に入れた水中ウォークマン。さぁどんな楽曲を収録すべきか。
 上記にある以前買ったデジタル音源の時は、買った時気合を入れてブルックナーの交響曲の0番から9番まで、それにベートーヴェンの交響曲もいくつか入れたのですが、あー、暑苦しい!
 そもそもそんな謹聴を要求するような複雑な曲は外を歩きながら聴けるものではないことを、これも尾籠の後知恵、やっと学びました。

 で、結構迷ったんですが、さてここで出てくるのがもうお分かりのようにビートルズであり、中でもジョン・レノンであります。

 あのジョンの、だるそうな・不安定なボーカルが、水中のスローモーで抵抗のある緩慢な手足の動きになんとマッチすることか。
 ジョン・レノンの歌声に比べますと、水中でのポール・マッカートニーは、まるで空気が読めていないほどの自信ありげで幸福そうなボーカルであり楽曲であります。

 (ついでに触れておきますと、ジョージ・ハリスンの曲は水中で結構悪くないです。そしてリンゴ・スターの声は、……イエローサブマリンなど爆破されてしまえばいいのに。)

 さらに、それに加えまして、イアフォンの外側から骨伝導のように聴こえてくる水中のバブルの音が、ジョンの歌声に絡みつき重なりあって生み出すハーモニーは、まさに奇跡のような素晴らしさであります。

 ……うーん、さすがのジョン・レノンも、生前自分の歌がまさかこんな聴かれ方をするとは考え及ばなかったのじゃないでしょうかね。

 「我が意を得たり。」
 と、そして少なくともこれでしばらくは我流の泳ぎで行けそうだと、私は確信したのでありました。


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水の中のジョン・前半

 正月が明けてすでに1月も中旬、ある日息子と電気屋さんに行きましたら、お父さんこんなの売っているよと、彼に連れられて行った店内の棚にあったのは、水中ウォークマン。

 ……うーん、なるほどー、こんなん売ってるんやー、とまず感心しました。

 そして、そやそやこれやこれやこれや私が欲しかったのはまさにこれやと、クレシェンドでつぶやきながら俄然購買欲がめばえてきまして、値札を見るとどうも2種類のものがあることが分かりました。
 ざっとした値段で言いますと、2万円の価格のものと1万2千円の価格のもの。

 うーん、さすがにちょっと張りますなぁと思い、さてこの2種類どこが違うのか。
 その前に何より現物はどんなものか、ちょっと写真入れますね。

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 去年の8月から近くの温水プールのホリデー会員になり約半年、土曜日曜祝日にプールに入らなかったのは多分休日出勤で仕事をしていた(させられていた)数日を除いてほぼ皆勤。

 しかし、最近泳いでいてどーも何かが足りない、と。
 このままでいけば、ひょっとしたら本気で泳ぎを習わねばならなくなるのではないか、と。
 そもそも今までまったくの我流で泳いでいたのに、しかしまぁそれも悪くはないかと感じだしていた時だけに、そうだ、とりあえずこの水中ウォークマンに縋ろうと、わたくしは思ったのでありました。

 ……なんか論理展開がよく分からないなーとお思いの貴兄、あなたの理性は実に正常であります。しかしわたくしは、ついこんな風に理論展開してしまう人となりでありまして、うーん、ちょっと恥ずかしくあります。

 えーっとこの話、次回に続きます。すみません。


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どうしてこうなっちゃうんでしょうかねー

 この夏から、実はわたくし、趣味をひとつ増やしました。
 自分でもわかっているのですが、よーするにとても熱しやすく冷めやすい、ということですかねー。
 でもちょっと違うかもしれません。
 そうか、世間的にはわたくしみたいなタイプは「凝り性」っていうんですね、きっと。

 例えば、十年ほど前からクラシック音楽鑑賞の趣味を20年ぶりくらいに再開したのですが、再開後の1.2年はクラシック音楽CDを年間400枚くらい買いました。(中古商品込みですが。)
 今年、何枚買ったかなーと見ると(ちょこちょこっとメモしてあるんですね)、11月現在で5枚であります。

 これは、「裏切者!」と言われても仕方のない数字ですよねー。(いえ、別にそんなことを言う方がいらっしゃるわけではありませんが。)

 でも、どうしてこうなっちゃうんでしょうかねー。

 例えばこれも十年ほど前、エアロバイクを漕ぎ始めた時も、最初の3か月ほどは毎日漕いでいました。それが今では週に、1回か2回ですものねー。
 (エアロバイク漕ぎ初めの3か月は合わせてダイエットをしていたもので、一気に9キロくらい痩せてしまったので少し控えたということがありましたが。)

 どうしてこうなっちゃうんでしょうかねー。

 このブログだってそうですもんね。最初のひと月ほどは毎日書いていました。

 うーん、こうなっちゃうんですよねー。

 で、さて、新しく始めた「趣味」ですが、それは水泳であります。
 わが家から自転車で5分くらいの所に一年中やっている温水プールがありまして、この夏休みから行くようになって8月末からは土日祝日限定の会員になり、その後、たぶん一日くらいは土日祝日に行かない日があったでしょうが、それ以外は全日泳ぎに行っています。(今年のシルバーウィークも毎日行きました。)

 でも、いつかまた、あまり行かなくなる時が来るんでしょうかねー。

 今なんか、泳いでの帰りぶらぶらと自転車に乗りながら体がホカホカとして、本当にとっても気持ちがいいんですがねー。
 (思い出しました。筋トレマシーンを買ってやり始めた時も、終えた後は体がホカホカして気持ちよかったもんなー。今じゃ筋トレも週に1、2回ですもんねー。)

 ……実際、……ねぇ。


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歯医者がこわい!

 先月の初めころ、車の運転をしながらガムをかんでいたら、突然歯の詰め物がポロリと取れました。
 あ……、と思わず声に出して、私は、とうとう来たかと思いました。
 実は少し前から、どうも歯の調子が良くないとなんとなく感じていたんですね。

 歯は、痛いとかの自覚症状がなくても定期的に検診に行かねばならないとは、いちおー、知っていたんですけれど。私の子供たちも、小さいころから女房が指示してそうしていましたし。
 歯以外の病気の場合は、もちろん病気の種類にもよるでしょうが、放っておいて自然治癒するものも少なからずあるが、虫歯は決して自然治癒しないなんてことも聞きます。

 でもねー、……でも、いやなんですよねー。コワいんですよねー。
 歯医者に行くことを想像しただけで、私は、自分が紛うことなき弱虫であることを自覚します。
 私は歯医者がこわい!
 だって小さかった頃、歯医者の治療がどれほど痛かったか、思い出すだけでほとんど眩暈がしそうであります。

 だから今まで、定期検診にもずっと行きませんでした。
 検診時期ですよーと、お知らせのはがきが来た時も、横目でちらりと見て知らんふりを決め込みました。
 でも一方で、いつかは歯医者に行かねばならないだろうという悪夢のような思いは持ち続けていました。そしてそれがやってきた時、私の歯は一体どうなっているだろうか、と。

 恐怖がさらに恐怖を生み出し、もう理屈とかそんなのは関係なし、とにかく歯医者には絶対に行きたくないという堅い真黒な感情の芯のようなものが、わが心中にはできていたのでありました。やれやれ。

 ……そして、冒頭の歯の詰め物ポロリ事件が起こったのでありますが、以下は、もはや述べるに足ることはあまりありません。

 私はあれだけ嫌がっていた歯医者に、一か月で8回ほど通い、詰め物を戻してもらい、歯石を取ってもらい、すべての歯のレントゲンを当てて分かった、まだ軽い程度ですんだ虫歯を治してもらい、その間、もちろん麻酔をしてのことであったからですが、これっぽっちも治療の痛みはありませんでした。

 しかし私は、今回のことで我がトラウマから解放されたかというと、ほとんどされていない自分に気づくのであります。
 私は、あの歯医者独特の患者椅子の上で治療を受けながら(客観的に言って、ちっとも痛くない治療を受けながら)、最後まで両手に持ったハンカチを引っ張り強張ったままでいました。

 月日が幾らたっても、肉体から離れないのは強烈な痛みの記憶であることを、この夏、よく考えれば情けなくも、わたくしはつくづく感じたのでありました。


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揚羽蝶飼育綺談・後半

 さて、後半です。
 1年目、2年目には順調に育っていた揚羽蝶の幼虫ジューシー君達が、去年今年とあまり姿が見えません。
 どーも鳥たちがやってきて食べているようです。我が家の庭の檸檬の木が、鳥たちの「食堂」になっている気配であります。

 そして今年の初夏のある日、業を煮やした女房は、とうとう「私が育てる!」宣言をしたのでありました。

 女房はそれから約一ヶ月、透明なプラスティックの虫かごに、卵の付いた檸檬の葉っぱを集め、孵ったら毎日せっせと新しい葉を補給し続け、第五齢のジューシー君を育てはぐくみ蛹にし、ある時は、部屋の壁に、蛹になってくっついている姿を発見して家族全員アゼンとしたりしながら、現時点で十匹ほども揚羽蝶として巣立たせました。

 えらいもので、そうなるとわたくしにも情というものが移ります。
 成虫になった揚羽蝶が、まるで我が子のごとくになります。
 庭から放すときは、ひらひらと徐々に小さくなっていく「我が子」を目で追って、いつでも還ってこいよという気持ちに、ごく自然になります。

 先日、こんな句を作りました。
 自分では、近来出色の句ではないかと密かに思っているのですが。……

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揚羽蝶飼育綺談・前半

 5年前ですかね、庭に檸檬の木を植えました。
 なんのために植えたかと言いますと、揚羽蝶に卵を産ませるためにです。
 柑橘類の木にしか、揚羽蝶は卵を産まないんですね。

 まず柑橘類の木を植えて、それを大きく育て、そこに揚羽蝶に産卵をさせ、そして揚羽蝶を孵そうという、なんというか遠大と言うより、どこか間が抜けたような計画を立てたわけですね。

 しかしおかげさまで檸檬の木はすくすくと育ち、2年目くらいから揚羽蝶が卵を産み始めました。一方めでたく檸檬も実り、私はチューハイに自家製の檸檬を入れて飲むことができるようになりました。

 揚羽蝶の幼虫というのは、蛹になるまで4回脱皮をします。(以下揚羽蝶についての知ったかぶりは、観察したというよりネットで読んだことが主流です。幼虫が4回も脱皮するなんて、フツーに観察していたって分かりゃしませんよ。)第一齢から第五齢というそうですが、第四齢までは鳥のフン体色です。見事に擬態しています。

 第五齢になっていわゆるアオムシ色になります。とっても綺麗な緑色です。
 本当は眼じゃない眼のように見える黒い点模様も、とても愛嬌があります。
 順調に育っていくと第五齢幼虫はどんどん大きくなって、大人の小指ほどの大きさになります。もりもりと檸檬の葉っぱを食べている様子は、見ていてなかなか飽きません。

 さらにじーっと見ていますと、なんだか少しヘンな気持ちになります。
 ……というのは、なるほど鳥たちがこやつたちをエサにするってのは、誠によく理解できる話であるなという感覚です。

 まるまるぷりぷりしていて、こやつたちは檸檬の葉以外には何も食べずにこれだけ大きくなっています。もしも鳥のようにこやつたちの体をしゃくっと囓ったら、檸檬の香りの体液が、口いっぱいに広がりそうではありませんか。……

 という話をしたら、女房は、彼らに「ジューシー君」という集合固有名詞を与えるようになりました。

 ところが、去年あたりから、鳥フン体色タイプの幼虫はわりと見ても、ジューシー君があまり見えません。見えても小さくて、赤ん坊の小指サイズであります。
 そして並行するように、本物の鳥のフンが、檸檬樹のそばに点在するようになってきたではありませんか。

 後半に、続く。


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人生で2度目の体験の顛末(後半)

 えー、前回の続きであります。
 前回の内容は、……あーっと、面倒だから、前回のページをお読み下さい。

 というわけで、わたくしは人生2度目のテレビインタビューに臨みました。
 まずインタビュアーがこんな質問をしました。
 「この商品をお作りになったねらいをご説明下さい。」
 (えーっと、様々なところに少々差し障りがあるもので、質問の主旨は違えることなく、かつ細部については類型的な事象事柄に変換してお届けしております。あしからず。)

 「来た」と思った私は、ぷつぷつぽきぽき短文を積み重ね、句点の個所では四分休符まで入れながらお答えいたしました。

 「ありがとうございます。では次の質問です。」と述べられ次の質問が出ました。
 その時なんですね、わたくしが一瞬、あれ? と思ったのは。
 でも言葉を探しつつ、編集点編集点と頭の中で呟きながら、私は答えました。
 で、また次の質問。それを聞いて私は今度こそ、えーっ? と思いました。
 ……なぜか。……。

 結局質問は4つでした。その質問を、主旨を違えることなく簡略化しながら列挙すると、以下の4つになります。

 「この商品を作ったねらいは何か。」
 「この商品の長所は何か。」
 「この商品はどこが好まれると思うか。」
 「この商品をどのように使って欲しいか。」

 ……いかがでしょうか。
 かなりアバウトな造りの頭脳しか持っていないわたくしは、この4つの質問に対して4種類の答え分けができなかったんですね。
 それ、今答えたやん、それ、さっき言ったんといっしょやん、どゆこと? どゆこと? と思うたび、おのれの頭の悪さが世間に広く晒されていくようで、最後の方は編集点もぷつぷつぽきぽきもなく、まことにしどろもどろになってしまいました。
 
 ……あれはいったい何だったんでしょうか。
 今、アバウト頭で何となく思いつくことは、後でどうにでも編集できるようにわざと同じような質問をしたということでしょうかねぇ。……。

 後日オンエアーされた時、隣で一緒に見ていた女房が言いました。
 「お父さん、よかったやん! 今回は5秒くらい映ってて。前の時のまばたきで消えたのと比べたら、大出世やん!」

 結局テレビで取り上げられていた質問はひとつでした。
 そして私の答えは、あの4つの質問のどの時の答えだったのか、まるで分かりませんでした。

 最後に付け加えますと、今回の実際のわたくしへのインタビュー時間も、たぶん30分くらいはあったと思うんですけど……。


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