鷹飼へと言ひし娘もはや二十歳かな

鷹飼えSD





 うちの娘は少々変わっておりまして、一般的な年頃の娘とやや興味を異にしております。
 少し前、娘がまだ高校生だった時のことです。

 「お父さん、タカ飼おか」
 「タカて、あの、鳥の鷹か」
 「ふん、そうや」
 「そんなもの飼うてどうするんや」
 「あのな、肩に乗せて学校行くねん」
 「おまえ、そんなもん肩ん乗せて学校行ったら大騒ぎになるがな」
 「で、授業中肩に乗しといて、しょうもないギャグかます先生いるやろ」
 「え、いつかおまえが言うとった○○先生のことか」
 「あ、○○先生でなくてもええけどな、で、先生がしょうもないギャグかましたら、『行けっ!』て鷹に言うて、先生突つかせんねん」
 「おまえ、恐ろしいこと考えとんなぁ」
 「あかんか」

 という恐ろしい娘であります。

 危ういところで「鷹飼い」を諦めさせた代わりに、娘はその後、合気道を習いに行くことになりました。はい。

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コンサートで「うろ」のきてる話・その1

 さて、少し前の週末のことです。
 僕は、クラシックコンサートに土日と、連チャンで行きました。
 それも、そのうちの一曲は同じ曲を聴きました。
 なぜこんなことになったかと申しますと、まー一言で言えば、私に「ウロが来ている」んでしょーかねー。

 そもそもコンサートの前売り券なんて、三ヶ月から半年前に買っちゃいますよね。
 まずそれがよくありませんなー。ひじょーによくない。

 今回、二日連続で聴いた曲(さすがに演奏は別々の楽団ですが)は、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲なんですが、なんでこんなの二日も連続して聴いたかと我ながら思い返してみますと、なるほど半年ほど前には、チャイコのピアノ・コンチェルト等と一緒に、僕の中では、コンチェルトがちょっとしたマイブームだったんですね。
 だから、あまりなんにも考えずに、あれもこれもと前売り券を買ってしまったのに違いありません。(あ、やっぱり、この私の性格が良くなかったんだなー。)

 ところが、私の性格がまた、熱しやすく冷めやすい。
 三ヶ月と経たないうちに、「協奏曲」に対する興味が急激に薄れてしまいました。
 ところが、まず土曜日のコンサートは、チャイコのピアノ・コンチェルトとバイオリン・コンチェルトという、コンチェルトの二連発。
 翌日曜日のプログラムも、片方はチャイコのバイオリン・コンチェルト。

 日曜日、家を出る前に、わたくし、思わず独りごちてしまいました。

 「なんでこんなん何遍も聴きに行かなあかんねん」

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白扇やゆくりかすかに鳴りながら

白扇SD

 この白扇も、京都で買いました。
 確か、女房・娘と行きました。
 その時作ったもう一つの俳句。


    白扇を古都で眇めつ買う娘かな

                          秀水

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『いつも音楽があった』倉本聡

    『いつも音楽があった』倉本聡(文藝春秋)

 倉本氏は僕の好きな作家(放送作家)の一人ですが、ユーモアの間の取り方が、僕にとってはなんとも曰く言い難く素晴らしい。例えば、こんな話。

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   「露営の歌」
  勝ってくるぞと勇ましく
  誓って国を出たからは
  手柄立てずに死なれよか

 この歌を永いこと誤って歌っていた。
 即ち三節目の「手柄立てずに死なれよか」これをその当時幼い小生「手柄立てずに支那料理」と覚えていた。
 或る日父親と空襲の合間に、恐怖を紛らわすため防空壕の中で小声でこの歌を合唱してた時、突然父親が僕を見て云いました。
「お前今何て歌った」
「手柄立てずに支那料理」
「―――」
 柔道四段、腎臓病、クリスチャンであり俳人であった父は、しばし僕の顔を見つめていましたが、
「すると歌の意味はどうなるのか」
 僕は一瞬緊張しまして、
「まちがってるの?」
 表では遠くドーンドーンと高射砲の音が響いてくる。
「そんなことは訊いてない。お前流にはどういう解釈で手柄立てずに支那料理なのか」
「隊長さんが約束したのね」
「何て」
「手柄を立てたら腹いっぱいおいしい支那料理食べさしてやる」
 ドーン。ドーン。
「それで」
「あいにく手柄が立てられなかったの」
「それで」
「だけど隊長さんがいい人で、手柄は立てなかったけど支那料理食べさしてくれた」
「―――」
「それでもって明日はがんばろうと思った」
「―――」
 父はそれきり黙ってしまいました。
 食い物のない時代でありました。
 (以下略)

    ----------------------------------------------------------

 こんな文に出会うと僕は笑いが止まらなくなり、涙を流してのたうち回るのでありました。


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改めて集め炒めて夏野菜

夏野菜
 クレパスで書いてみました。
 なかなかうまくいかないところを、やけくそ気味に塗りたくっていくと、
 「なんかうまくいけた?」
 って気がするのは、錯覚?
                          秀水



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探していたシューベルトのピアノ・ソナタ第17番

 ここんところずっとモーツァルトのピアノ・ソナタを聴いていました。
 で、先日、ブックオフでCDを買いました。こんなのです。

  『シューベルト・ピアノソナタ第17・19・20・21番』レイフ・オヴェ・アンスネス

 じつはこのCDは、わたし、ちょっと探していたCDなんですねー。
 もちろんネットで買えば、すぐに買えたのでしょうが、うーん、ちょっと高い。
 ということで、どこかで中古CDがないかと探していました。
 で、ありました。棚に並んでいたのを発見したときは思わず

  「あっ」

 と叫んでしまいました。

 ところでなぜこのCDを探していたかと言いますと、じつは村上春樹氏の音楽エッセイ『意味がなければスイングはない』に触れられていたんですねー。
 シューベルトのピアノソナタ17番が、いかに不思議な曲かと書かれた後、この曲の愛聴盤として挙げてあったのが、これです。

 というわけで勇んで買って家に帰って聴きました。

 うーん。思ったより落ち着いた感じの本格的な演奏ですね。
 バックハウス版みたいな感じがしました。
 もちろん、悪くないです。

 今度はしばらく、これを聴き続けます。

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竹林の眼より覚える涼新た

竹林

 どうしても京都が好きなもので。
 これも京都です。嵯峨野。

 植物って本当にすごいですね。
 こういった林にはいると、真夏でもひやっとしますよね。

                            秀水

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我々はどこから来て、そしてどこへ行くのか

 『水族館への招待』鈴木克美(丸善ライブラリー)

 動物園とか魚とかが好きなものだから、目に付いたらそんな本も読んでいるんですが、特に何か問題意識があるわけではありません。
 ところが、当たり前と言えば当たり前なんでしょうが、その世界の関係者にはやはりあるんですねー、問題意識が。
 それはどんな問題意識かというと、一言で言えばこういうものです。

  「我々はどこから来て、そしてどこへ行くのか」

 別に冗談を書いているわけではありません。
 水族館について、やはり多くの人が、真面目に一生懸命そのようなことを考えて、理想的な水族館の姿を模索なさっているわけです。
 そんな意味で言うと、この本は極めて真面目な、正面から水族館の「レーゾンデートル」について考えた本です。

 もう少しだけ具体的に言うとそれは、水族館の有り様について「教養主義」と「娯楽主義」のどちらを取るかという問題であるようです。「教養主義」はもっぱらヨーロッパよりの考え方で、「娯楽主義」はいかにもという感じですがアメリカ経由の考え方です。
 もっとも現在は、この二つのうちのどちらだという単純さではなくて、どちらもを含みながら、微妙にバランスを取っていくその「バランス感覚」についてのあり方の模索だそうです。
 しかし全く、すべての物に「哲学」は存在しますね。
 難しいものです。

 今回は、そんなことで。

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菜園を我が物顔の胡瓜かな

胡瓜

 何にも知らない都会育ちなもので。
 胡瓜が一晩でこんなに大きくなることを知りませんでした。

 これを発見した朝、目の前の一人前の大きさの胡瓜と、
 前夜までのちび胡瓜の姿を思い出し、比較して、目が点に。

 ミラクル・ワールドにでも紛れ込んでしまったような気がしました。

 都会人は、ダメですね。
                                秀水

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エアコンの部屋には、ピアノ・ソナタがよく似合う。

 ずっと昔まで遡れば、昔は協奏曲が好きだったような気がします。
 ここ数年は、もっぱら交響曲を聴いていました。
 フェイヴァレットはブルックナーです。
 最初はあの落下する滝の水のような、音の塊に浸るのが心地よくて聴いていました。
 まぁ、今はそうばかりでもありませんが。

 ところが、暑くなってきて、部屋にエアコンなんかつけるようになる頃から、なぜかピアノソナタが心地よい。
 始めはシューベルトのピアノ・ソナタを聴いていました。
 次に、ベートーヴェンのピアノ・ソナタに移りました。
 聴いていたのはもっぱらDECCAのグルダの全集です。

 そして今は、モーツァルトです。
 モーツァルトのは、かつてはピリスで良く聴いていましたが、先日、安いのを見つけました。
 これが、なかなか心地よい。
 エアコンの効いた部屋で聴いていると絶品であります。

 ミヒャエル・エンドレスという奏者です。
 どんな人かネットでちょっと調べてもみたのですが、とにかく僕の良く知らない人です。
 でもなかなか心地よい。
 エアコンの部屋にとってもふさわしい。

 おかげで今年は、暑気知らず。
 後は、冷やしすぎに気をつけることですかね。
 気をつけなくっちゃ。

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