ヴェルディの『オテロ』DVD視聴顛末・前編

 少し前の三連休のことです。
 「隠居」生活のような日々を送っておりまして、そんな一連の日の午後にDVDを見ました。

 前から見ようと思っていた(買ったのはもっと遙か以前でした)んですが、いかんせん140分もあるもので、なかなか切っ掛けがつかめず、やはり三連休のおかげでしょうか、そんなオペラのDVDを見ました。

 ヴェルディの『オテロ』であります。
 私も、2年ほど前ですかね、DVDのオペラにちょっと凝りまして、現在100枚くらいあります。あの時はLDプレーヤーも買って(もちろん中古ですが)、LDも(もちろんもちろん中古です)少し集めました。でその頃買って、いまだに一度も見ていないDVDが、数枚あるんですね。今回の『オテロ』もそんな一つであります。

 原作はシェークスピアですね。
 「四大悲劇」というくくりで、確か大学時代に一気に戯曲を読んだ記憶があるんですが、おおよそのストーリーはともかく、細かな部分はほとんど覚えていませんでした。

 今回、オペラを見ながらいろいろと思いだしていったんですが、例えば「そうだそうだ、ハンカチが小道具で上手に使ってあったんだったなー」なんて具合です。

 でもこの「ハンカチ」の扱いも含めて、今回改めてストーリーを追っていくと、

 「なんて古典的なドラマツルギーなんだ」

と、正直少し鼻白むものを感じました。

 いえ、もちろんそれは冗談なんですが、「ハンカチ」なんかも同じですが、こういうのってちょっと推理小説のトリックみたいなところがありますね。2度目からはちょっと白けてしまうみたいな。
 という風に見ていました。

 そして私は、オペラに対して「決定的な解釈=偏見」を思いつくに至るのですが、それは、次々回に。


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今日はちと寒い日じゃねと語りけり

SD白菜寒い




 先日、兵庫県の山間部に行って来ました。
 秋の終わりと、冬の初めの、微妙な季節でしたね。
 今回と、もう一回、その時の「一句一写」載せます。

                          秀水


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スポーツはスポーツにのみ奉仕する

  『スポーツとは何か』玉木正之(講談社現代新書)

 この筆者は、スポーツ・ライターとして、僕がかなり信頼している人です。
 一時期、日本のスポーツ界のあまりの堕落ぶりに絶望して、スポーツ・ライター廃業宣言を行ったたようですが、また書き始めていらっしゃいます。

 何冊か同筆者の本を読みましたが、スポーツに対する視点が一貫して、決してぶれないところが、非常に好感が持て、そして評価の高いところだと思います。

 そのスタンスは一言で言うと、スポーツは芸術であり文化であり、あたかも文学が文学にのみ奉仕する如く、スポーツはスポーツにのみ奉仕するものである、といったまとめ方になるでしょうか。

 時あたかも、来年に冬季オリンピックを控え、国際大会に於けるスポーツ・ナショナリズムや、また、メダルの数云々が、マスコミに取り上げられることも多くなりつつあります。
 しかし、本書においては、玉木氏は、本来のスポーツとそれとは、全く無縁のものであると言い切ります。

 そしてついでに少し触れておくと、現在のオリンピックの多くの「堕落ぶり」は、そもそも近代オリンピックの父と呼ばれるクーベルタンの思想の中にすべてその萌芽があると説いています。

 さらに、そうであるにもかかわらず、オリンピックが現在も継続されているという、その一点に、スポーツの、あるいは「人類」の、未来の希望が見えると、玉木氏は説きます。
 なかなか穿った見方でありますね。

 自分でゲームをする。
 あるいは、自分の目で耳でしっかりとゲームを鑑賞する。
 そういったスポーツに対する素朴な態度以外のものが、いわゆる悪しき勝利至上主義を生み出すのだという、一貫した作者の主張は、僕にとっては、この作者のどの作品の底にも流れる、心地よいテーマであります。

 なかなか気持ちのいい本でした。


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問はるれば夕焼け空も長く見ず

夕焼け空①




 もう秋じゃないですけれどもねー。
 この句は、幼い頃を思い出すようで、なんとなく、好きです。

                                秀水


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朝寒や子の弁当の玉子焼き

  『俳句への道』高浜虚子(岩波文庫)

 晩年の虚子(昭和20年代後半くらい)が、次女星野立子の主宰する『玉藻』に連載した俳話をまとめたものです。まぁ、名を遂げた者の余裕といいますか、俳句界の「ドン」の、ちょっと苦笑をしてしまうような「自慢話」ではあります。

 言っていることは一つだけです。

 俳句は「花鳥諷詠」と「客観写生」である。

 これしか言ってません。これだけを、いろんな言い回しで、言い換え言い換え繰り返しています。
 でも実際、虚子に対抗する勢力が、現れては消えていったという歴史を見ていくと、確かにこの「ドン」、威張るだけのことはあるかな、という気は、しないでもありませんね、やはり。

 で、こんな「ドン」の話を読んだ後で俳句を作ってみると、「件名」のようなのができました。

   朝寒や子の弁当の玉子焼き

 まーこのー、この句ではできが悪すぎるんで、ちょっと申し訳ないながら、傾向としては、やはりぼけたような俳句ですね。

 でも、虚子の話を読んでると、こんなぼけたよーなのが、なんとなくいいんだという気に(上記俳句が良いというのではないです、当たり前ながら。この「傾向」についてです)なってきます。えらいもんですねー。

 季語の斡旋(「斡旋」という言い方をするんですかね。江國滋はそう書いていました。)と、客観写生のとりあわせですわ。でもこれは、「オタク」そのもの、はっきり言って「道楽」の世界ですね。

 でもそこで居直ったのが、いいか悪いか判断の分かれるところでありながらも、きっと虚子の偉いところではありますね。こういう居直りの仕方は、なかなか凄みのあるものであります。やはり、偉いんでしょうね。

 というわけで、「花鳥諷詠」は少し苦手ですが、「客観写生」は少し面白いかも知れません。ちょっと、頑張ってみようかなとも思います。


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この秋も日蔭の中で成りにけり

SD日陰柿




 私は、都会というか、猥雑な町中で育ちました。
 そして、田舎出身の女房を貰いまして、結婚したての頃、秋です。女房の実家に遊びに行きました。

 その時初めて、物知らずな私は、「実りの秋」という言葉の意味を知りました。
 田の、畑の、山々の「実り」を見ながら、

 「『実りの秋』というのは、リアリズムなんだなー」

 と、とても感心したのを、今でも昨日のように覚えています。

 猥雑な町中にも、実りの秋の、ちょっとしたお裾分けです。
 そんな「一句一写」です。

 (とはいえ、この写真は2週間ほど前に撮ったものです。ちょっと、季節がズレかかっていますね。)

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健康とは「趣味の問題」?・(その2)

 えー、前々回の続きであります。
 前々回は、僕が、お医者さんの本を読んだら、そこに書いてあった言葉に反応して、極端な事を考えたと言うところまででありました。
 具体的に「復習」してみますね。

 読んだ本はこの本です。
 『健康は「あし」から』小野三嗣(朝日文庫)

 引用した文はこんな文でした。
 「長寿も疾病の有無も、本質的には健康とは無縁なものである。」

 そしてそこから僕が考えた内容はこんな内容でした。
 「長寿も疾病の有無も健康と無縁であるならば、それを追及するというのは、単に
『趣味の問題』にすぎなくなってきませんかね。」


 えー、よろしいでしょうか。
 僕が思いついた事については、ふたつの反応が返ってくるように思うんですが、こんな風です。

 (1)そんな事当たり前じゃないか。だって、「趣味はスポーツです。」って、そういうことだろう。
 (2)「健康の追及」が趣味だとしても、なんというか、その先には、やはり「長寿」とか「疾病なし」とかがあるべきじゃないのか。「健康の追及」は、もっと価値のある行為だと思う。

 いかがでしょうか。
 僕も、上記のふたつ共を思ったのですね。
 特に後者の方。だから、「うーん」と唸って、身もフタもない話だなーと、感じたわけです。

 実は僕は、週に3回、エアロバイクと筋トレをしているんですね。なかなかやり甲斐はあるとは思うものの、しかしその一方において、仕事から帰ってきて疲れた時もある中をトレーニングするのは、結構「キツイ」と感じる時も正直あるんですね。そんなあたりのことなんですが……。

 さて、ここから、僕はさらに「身もフタもない」本をまた一冊読んでしまいました。

 えーっと、ここまでで、やっと前々回の最後まで、ぐるっと回って戻ってきましたが、えーっと、またまた、次々回に続きます。
 (なんかもったいぶっているようで、そんなつもりはさらさら無いんですが、ごめんなさいねー。)


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わが庭のささやかなれど菊の市

SD菊の市




 前々回に、去年の「菊の市」の俳句を載せてみました。
 これは今年の「菊の市」です。
 うーん、どっちもどっち……でしょうかねー。
                             秀水


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健康とは、「趣味の問題」?

   『健康は「あし」から』小野三嗣(朝日文庫)

 失礼ながら、この本の全体としては、そんなにたいした本だとは思いません。
 タイトルからして、少々際物じみたところがありますし、筆者については、よく存じ上げないながら、どちらかといえば、重ねて失礼ながら(!)「自慢型のお年寄りのお医者さん」といった雰囲気があるように見受けられます。

 ただ、僕が以前から何となくぼんやりと感じ続けていた事柄について、少し触れられてありましたので、取り上げてみました。

 以前より何となく考えてきたことですが、ちょとまとめて文字にしてみると、つまりは、こんな事です。

 「健康というものは、どんどん追及していくと、必ず死ぬ人間にとって、根本的な矛盾を孕むものである。」

と、まぁ、いう事でありますね。

 このことについて、この本にはこんなふうに触れられていました。

 「長寿も疾病の有無も、本質的には健康とは無縁なものである。」

 うーん、これまた極端なご意見でありますねー。
 でもこの個所を読んで、僕は思わず「うーむ」と唸ってしまいましたね。
 しかしそれなら、さらにここから当然派生してくる疑問。

 「それではそもそも我々は、何のために健康であらねばならないのか。」

 みなさんは、どうお思いになりますでしょうか。
 長寿も疾病の有無も健康と無関係であるならば、それを追及するというのは、単に

 「趣味の問題」

にすぎなくなってきませんかね。それでいいんでしょうかね。
 うーむ。

 ところが、この僕の思いをさらに補足するような本を、この後読みました。
 その報告は、えーっと、次々回に。


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境内に今年も来たり菊の市

SD菊の市2




 この俳句は去年作りました。
 近くの神社の境内で菊花展をしていました。
 恒例のものに触れる感覚というものも、とても快いものですね。

                          秀水


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