梅が枝にケータイかざす日和かな

SD梅が枝




 ちょっとまだ早かったようで、この写真は実は昨年のものです。
 さらに、この梅が枝は、実はお隣のお庭のものです。
                                  秀水


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テーマ : 俳句 - ジャンル : 小説・文学

人類の遺産としてのクラシック音楽リスト

 突然の質問です。

 問・アメリカ航空宇宙局が1977年に打ち上げた惑星探査機ボイジャー1号・2号に、人類の遺産の一つとしてクラシック音楽が9曲積まれていましたが、さて、どんな曲だったでしょうか。

 これは、なかなか面白い問題ですが、9曲全部はとても見当が付かないですね。
 でも、ひとつふたつなら何となく当たりそうな気もします。
 実はこんなラインナップだったそうです。

 「ボイジャーに搭載された、人類の遺産としてのクラシック音楽のリスト」

(1)『バッハ・ブランデンブルグ協奏曲第二番第一楽章』 指揮:リヒター
(2)『バッハ・無伴奏バイオリン・パルティータ第三番からガボット』
                     バイオリン:グリュミオー
(3)『モーツァルト・歌劇「魔笛」から夜の女王のアリア』
                     ソプラノ:エッダ・モーザー
(4)『ストラヴィンスキー・「春の祭典」から生贄の踊り』
                     指揮:ストラヴィンスキー
(5)『バッハ・平均律クラヴィーア曲集第二巻プレリュードとフーガ第一番』
                     ピアノ:グールド
(6)『ベートーベン・交響曲第五番第一楽章』 指揮:クレンペラー
(7)『ホルボーン・五声のパヴァーヌ、ガイヤルド、アルマンドとその他の小曲から』
(8)『妖精のラウンド』 デヴィッド・マンロウとロンドン古楽コンソート
(9)『ベートーベン・弦楽四重奏第十三番からカヴァティーナ』
                      ブダペスト弦楽四重奏団

 まず基本的な分析としては、曲全部じゃなくて、ごく一部分ということですね。
 あとは、えーーーっと、………よくわからない、っかな。

 どなたによる選曲なのか、もちろんそれなりのオーソリティーによるものだとは思いますが、まー、失礼ながら私の感想と致しましては、「趣味の問題」と。

 皆様はこの選曲、どうお思いになりますでしょうか。
 また、ご感想等をいただきたいものです。


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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

真向かいの城穏やかに枯木立

SD枯木立①




 長浜シリーズがもう一つ残っていました。
 優しそうなお城の様子は好ましいんですが、
 文字が、枯木立と重なって読みにくくなって、すみませんねー。
                               秀水


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漱石の『こころ』と、お墓のお話し

  『「漱石」の御利益』長山靖生(ベスト新書)

 さて、この作者はどんな方か僕は知らなかったのですが、歯医者さんだそうです。その傍ら、文芸評論なんかを書いているという、なかなか多芸な方ですね。

 はじめは、変なタイトルのように、ちょっとショボイ書きぶりでした。いえ、ほとんど最後までそんな書きぶりだったと言っていいのですが、ただ、いろんな研究者の論文や研究書を上手にまとめてくれています。そこんところはなかなか便利でした。

 『こころ』について触れた個所で、僕が知らなかった「読み」(この作者の読みかどうかちょっとわかりません)が書かれていました。
 「墓地」と「ちゃぶ台」についてです。

 まず、墓地。
 墓地と言えば、Kが葬られている雑司ヶ谷の墓地です。ここのところ、『こころ』本文はこんな風になっています。

 私は彼の生前に雑司ヶ谷近辺をよく一緒に散歩したことがあります。Kは其処が大変気に入っていたのです。それで私は冗談半分に、そんなに好きなら死んだら此処へ埋めてやろうと約束した覚えがあるのです。私も今その約束通りKを雑司ヶ谷へ葬ったところで、どの位の功徳になるものかとは思いました。けれども私は私の生きている限り、Kの墓の前に跪いて月々私の懺悔を新たにしたかったのです。今まで構いつけなかったのKを、私が万事世話をしてきたというぎれもあったでしょう、Kの父も兄も私の言うことを聞いてくれました。

 生前万事世話をしてきたとはいえ、遺体の引き渡しを要求するというのはいかにも非常識であります。ここに見られる「先生」の姿には、死んだ後までもKを拘束しようとする禍々しささえ感じるような「変態的な」意志が見られます。

 ただ、そもそも、お墓とは制度としての「家」の表象であり本質でもあります。順当に行けば、この墓に作品最後に自殺をしたであろう「先生」も入ることになります。(さらには「先生」の奥さんも。)

 あるいは「先生」が企てたのは、新たな「家」、新たな血族関係を作ることであったのかというアプローチを、この本はしています。

 (ついでに、血縁でもない男女が同じ墓に入ろうという物語が、漱石にはもう一つありますね。そう、「あれ」ですね。)

 新しい「家」、新しい血族を作るというのは、ひょっとしたら、幸福とは言いかねる幼年時を送った漱石の、「夢」だったのかも知れません。

 えー、もう一つの「ちゃぶ台」の話を紹介しようと思ったのですが、なんだか疲れてきました。
 このエピソードも「新しい家族関係」に関するものです。とりあえず、これだけの紹介に留めておきます。(お気に召せば、ぜひ、ご自身でお読みください。)

 でも漱石って、本当にいろんな物を書き込んでいますね。改めて感心しました。

 最後に。上記の「あれ」、分かりましたか。そう、『坊っちゃん』。「清」と「坊ちゃん」ですね。


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凍雲や戦に臨む舘の跡

SD凍雲




 お城って、戦の陣地だったんですよねー。
 と、かまととぶってみる。
 (長浜シリーズ②)
                             秀水


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城よりの眺め遙かに冬の湖

SD冬の湖①




 先日お友達と滋賀県の長浜に行って来ました。
 長浜城に琵琶湖です。
 
 琵琶湖と言えばやはり芭蕉の

 行く春を近江の人と惜しみける

 ですかね。
 うーん、うーん、比べるの、やめます。
 (長浜シリーズ、次回も続きます。)
                               秀水


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明治という時代の日本人

 寒くなりましたね。お元気ですか。

 正岡子規の雪の俳句、有名なやつ、

   いくたびも雪の深さをたずねけり

 この俳句には「病中雪」という詞書きがついています。
 明治29年の冬です。この年の子規は、自ら作品『寒山落木』に「二月ヨリ左ノ腰腫レテ痛ミ強ク只々横ニ寝タルノミニテ身動キダニデキズ」と書いています。

 例えば僕らは、梶井基次郎を読むとき(例えば『冬の蠅』)、描写の背後に、彼自身の、そう遠くない時期にあるであろう死の自覚を感じ取り、そこに強い感動を覚えますが、その梶井でさえ、子規の如く「身動キダニデキズ」という病状には至っていません。
 (最晩年の『のんきな患者』の時はどうであったか、ちょっと失念しました。)

 それを考慮しつつ改めてこの俳句を読んでみると、子規のこの精神の強靱さは、現代ではもはやほとんど理解不可能に近いほどで、なんだか「眩暈」に近い感覚に襲われます。

 それは、子規の個人的な資質なのでしょうか、それとも、いわゆる「明治という時代」の社会や日本人の一般的な姿なのでしょうか。

 「痛み」という一点だけで考えても、いわゆる時代による違いがあるのだと、そんな、生身の肉体と共に生きる人間の姿を、ふと考えさせられる一句であります。

 しかし、この「いくたびも」は、いかにも哀切きわまりない表現でありますね。


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イカ焼きの香りも福の戎笹

SD戎笹①




 先日の俳句です。
 兵庫県西宮市にある西宮戎神社の「十日戎」に行ってきました。
 あれこれ作ったんですが、とりあえずこんな具合で。
                                  秀水


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『バッハの四季』樋口隆一 を読んでみました。

  『バッハの四季』樋口隆一(平凡社ライブラリー)

 そもそも性格からして私は、熱しやすく冷めやすいところがありまして。
 数年前、20年ぶりくらいに音楽を聴くようになって、毎日バッハ浸りでありました。
 バッハしか聴かない。そういったかたくなさが、実は、私の性格にあるんですね。困ったものです。

   真鶴や元禄生まれのピアノ弾き

 という俳句を、少し前に作りました。バッハをイメージして作った俳句です。しかし、細かいところはバッハの史実と違っていますね。

 今、ちょっと調べたんですが、バッハ(1685~1750)の生存期間は、日本で言えば貞享2年~寛延3年になります。徳川将軍で言えば、5代将軍綱吉から暴れん坊将軍を過ぎて9代将軍家重の時、ということになりますね。だから元禄時代は、バッハにとっては幼少年期です。まぁ当たらずといえども遠からずです。

 もう一つの間違いは、「ピアノ弾き」で、この時代まだピアノはなかったですね。バッハは天才的なオルガン弾きであったようです。

 ともあれ、改めて驚くのは、西洋音楽の恐るべき伝統であります。日本では、三味線とか太鼓とか、そんなモンしかなかった時代に、例えば『ブランデンブルグ協奏曲』ですから。

 そういえば、オランダの画家フェルメールは、徳川家康と同時代人であります。あのリアリズムの極地のような絵画が、関ヶ原の頃にはすでにヨーロッパでは書かれていたわけです。

 西洋音楽・西洋絵画について考えるとき、かつて夏目漱石がロンドンで発狂するほどに悩み、そして、講演『現代日本の開化』や『私の個人主義』で述べた、ヨーロッパ文明と日本文化との遙かな乖離に抱いた暗澹たる思いも、全く宜なるかなであります。
 うーむ、めまいがしそうですね。

 さて、上記の本ですが、この本は、バッハの作品を狂言回しにしながら、ドイツの四季を書いたエッセイで、なかなか心地よかったです。
 当たり前の話なのですが、やはりドイツにも民衆がいて、地域とか季節感に密着した伝統的文化があることを、改めて知りましたね。
 こんな本を読んでいると、その国に行きたくなりますね。なかなかいい本でした。


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つとめての貴にゆかしや夜の雪

SD夜の雪




 えー、自分で作っておきながら何ですが、どこか中途半端な句ですねー。
 本当はそんなところを、真面目にもっと追求せねばならんのでしょうけれどねー。
                               秀水


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