珈琲を脇に置き居て新茶かな

SD新茶




 そんな時期ですよねー。
 お茶も本当においしいですもんねー。
                           秀水


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テーマ : 俳句 - ジャンル : 小説・文学

今回はちょっと毛色の代わった本を読みました。

   『やし酒飲み』エイモス・チュッツオーラ(晶文社)

 この作者はナイジェリアの人で生年は1920年です。。私もよう知らん人ですが、なんでこの本かというと、
 1、少し前に前後して読んだ保坂和志と群ようことが、共にかなり褒めていました。
 2、先日家のそばの図書館に行ってコンピュータで本の検索をしていた時、そーじゃそーじゃあの本じゃと思い出しました。

 で、借りて読みました。で、私が勝手に思った近い印象の本などを並べてみますと
   1、『古事記』
   2、『旧約聖書』
   3、太宰治の『御伽草子』の「浦島さん」
   4、笙野頼子『タイムスリップ・コンビナート』
   5、マーク・トゥエイン『ハックルベリ・フィンの冒険』
   6、よく覚えていないけれど『オデュッセイア』もこんなんじゃなかったでしょうか。
   7、そういやぁガルシア・マルケス『百年の孤独』もほぼ内容は完璧に忘れていますが印象は近かった気がします。
   8、水木しげる

 とまぁ、そんな本です。よーするに土俗的な法螺話であります。保坂和志が、こんな日本にはない小説はぜひとも読んでおきたいというようなことを書いていたように思いますが、なるほど、それなりに面白かったです。
 やはり異文化交流は大切なものですね。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

父の日や白き花瓶に活け替えて

SD父の日




 ……えー、ちょっと早いですかね。
 でも早めに出しておいて、おうちの皆様の記憶に刷り込んでおく必要があるんじゃないかな、と。
 ということで、この写真は、割と気に入っています。

                           秀水


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テーマ : 俳句 - ジャンル : 小説・文学

女房極秘の三連休について

 それは日曜日の朝、女房と二人で、気持ちのよい五月晴れの中、朝食を食べていた時のことでした。
 その時女房がこんなことを言ったんですね。
 「夏休みはそんなに長くなくていいから、5月とか10月とかのこんな気持ちのいい季節に、3日4日くらいの長さの連休がいくつかあればいいのに。」
 なんて厚かましい女なんだと、僕は聞いた時思いましたね。
 しかし、とってもその通りじゃないかと、すぐに思い直しました。
 なんて欲望に順応的な女なんだ。

 えー、先週の金曜日、実は私は有給休暇を取りました。そしてそれを女房に黙っていたわけです。
 なぜ黙っていたかと申しますと、えー、なんて言うか、それは遡れば、私の人間性に大いに関わってくる問題であります。

 普段の朝、出勤するのは、女房のほうが15分くらい早く家を出るんですね。
 女房の立場で考えると、「私が仕事のため家を出た後、あの甲斐性なしはまだしばらくいぎたない休憩をむさぼってから、やっと仕事に行くのだな。なんと許し難く腹立たしいことだろう。しかしまぁ、所詮その特権的休憩も15分やそこらなのだから、黙認しておいてやろう」と。
 それが、女房が出勤した後も、15分どころでなくずっと「いぎたない休憩をむさぼっている」状況であることが知れれば、敵の心中にかなり穏やかじゃない状態が現出するわけです。そして、こんな会話になります。

 「あんた明日休みなんやって。洗濯物干しておいてね。あ、干す前に竿ちゃんと拭いといてや。明日燃えないゴミの日やから裏のゴミ出しといてね。風呂の掃除もたまには丁寧にしとかんとね。そういえば兎の小屋も丁寧に掃除しとったらんとミストかわいそうやで。そや芝生もちょうど今頃に一回ちゃんと手入れたら後できれいになるねんで。あ、ついでに『コーナン』行って土買うとって。5袋くらい。それから自動車の重量税銀行か郵便局に振り込みに行っとってね。その時ついでにあんたがないないてよく言ってる『お酢』とミネラルウォーター、こんな時やねんから自分でまとめて買うとったらいいんちゃうの。自分のものは自分でしてちょうだい。どうせ明日一日ヒマやねんから。ええなぁお父さんは、明日一日ヒマで。ああそれから……」
 おい、どこが明日一日ヒマやねん。もうすでに、充分、仕事がはみ出しとるやないか。
 ……ったく、留まるところを知りませんな。

 というわけで、私は先週密かに3連休をしていました。
 まぁ、終わってしまえば、同じようなものですが。

 ということで、今回は、特に報告に足るようなことがありません。(あ、どうせ、いつも報告に足ることなどないですか。どうも、すみません。)


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薫風や河口の橋を渡りけり

SD薫風や①




 これは兵庫県西宮市の夙川の河口です。
 夙川河口と言えば、野坂昭如の名作『火垂るの墓』の中に出てきます。
 節子のひどいアセモが気になった清太が、海水でふいたら治るはずと、梅雨の晴れ間にやってくる場面です。
 この写真の右横に(この写真には写っていません)、これも作品中にその名前の出てくる「回生病院」があります。玄関の風景が、どこかノスタルジックな、立派な病院です。

 五月下旬、割と強い薫風の中、鯉のぼりがまだ元気に泳いでいました。

                                秀水


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今回も村上春樹ですが、ファンの方は読まないように。(少し「過激」です。)

  『翻訳夜話』村上春樹・柴田元幸(文春新書)

 この本は思っていたよりもずっと前に出ていた本なんですね。この度たまたまブックオフで100円で売っていたので買いましたが、村上春樹がまだ『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を訳していない頃のお話です。

 柴田元幸という人はポール・オースターの訳で知っていましたが、翻訳家兼大学教授ですね。かたや村上春樹。この二人が仲良さそうに翻訳についてあれこれ喋っているんです。

 ……が、これやこれやこれやこれ。これが僕が以前から感じていた不満なんですね。

 この二人の話、よく読んでいくと、翻訳に対する個人的な思いというものが全然噛み合っていないんですね。それは当たり前な話で、それはひとえに、村上春樹が小説家であるせいであります。

 僕のこの感想を、極端に過激に(あえて何恐れることなく!)書くと、

 「おい、もっとしっかりせーよ、素人にえーよーに振り回されとって、それでもあんたら翻訳のプロか」と。

 村上春樹が言っているんですが、自分にとって翻訳とは「究極の精読」であると。

 芸術方面ってのは、こういった自己探求がそのまま優れた文学作品となることは良くあるでしょうが、翻訳家もそれでいいのかという気がしますね。

 翻訳家とは何よりも優れた技術職人であるような気がするんですが、そうじゃないんでしょうかね。(確か太宰がそんなこと言っていますね。)

 村上春樹が自らの小説のために翻訳に励んでいることに対して、まー、ケンカをふっかけよとは言いませんが(村上春樹は翻訳の素人とも言い切れませんが)、もうちょっと、柴田氏は翻訳のプロらしい展開ができなかったものでしょうかね。
 (僕は間違っているでしょうかね。……んー、たぶん間違っているんでしょうね。)

 でも、そんな気がしました。


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夏めきて友と沖見る姿かな

SD夏めきて




 知人が引っ越ししまして、マンションの20階ということで、そこから撮った写真です。
 句のイメージとしては、『去来抄』の「月の客」。「ここにも一人」です。
 もちろん、句の善し悪しは別として。
                            秀水


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GW明け顛末

 一週間前のことです。
 連休が明けました翌日、職場に行って自分の机の上を見ると、付箋が一枚貼ってありました。書かれているのは私の字です。ところが、書いてあることの意味がさっぱり分かりません。

 いやー、あっぱれこのGW間、絶対に仕事のことは考えまいとした私の意志力の勝利ですね。
 おかげでその日は一日中、特に午前中は、めちゃくちゃ忙しくてたまりませんでした。
 ……まぁ、これがわたくしの日常なんですがね。

 今年の四月に、結婚のためお仕事をお辞めになった女性事務員さんがいらっしゃいまして、歓送迎会の時に、専業主婦生活の報告を簡単になさったんですが、一日あれこれと家事などをしているという話の後に、
 「日常勤務があってこその休日」とおっしゃいました。

 仕事があるからこそ、休暇が楽しい。
 んー、これって、きっと本当なんでしょうね。その状況になって初めて分かる実感なんでしょうね。でも、恐い物見たさの心境もあり、この実感に早く触れてみたくもあります。

 そういえば、勤務状況のあれこれが世知辛くなったここ数年そんな体験は長くしていませんが、確かまだ子供が小さかった時、長めの夏休みを取りました。
 そして一日ずっと子守りをしていて、その時に、上記の女性事務員さんの感覚に近いようなものを持ったことを思い出しました。
 なんというか、午睡をしすぎた後の体のかったるさみたいな感覚とでも言いましょうか、そんな記憶なんですが……。

 GW中、連日本当にとてもいいお天気でした。
 しかし最終日、僕はふとこんな腰折れを一つ作りました。

    五月雨や明日より普通勤務かな

 (でも改めてみると、この句は酷いもんだな。これは句じゃないですね。)


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口あけて寄るだけでよき金魚かな

SD金魚




 金魚って、何もしないでいいんですよね、ってことをその頃考えていたんですね。
 少し昔に書いた句と絵です。

 うーん、疲れていたのかなぁ……。

                          秀水


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はやりの村上春樹を、わざと少しずらして読んでみました。(後半)

  『グレート・ギャツビー』スコット・フィッツジェラルド(中央公論新社)

 上記翻訳小説の読書報告をしています。
 前々回述べていたことは、村上春樹の、フィッツジェラルドに対する評価は「異常」に高いんじゃないかという、僕の素朴な問いかけであります。(あんまり素朴でもないですかね。)

 そしてその評価のことを、「一般性のある評価」と、とりあえず呼んでみました。
 では、後半。

 この「一般性のある評価」について、ややおおざっぱな書き方をすると、われわれが優れた作品と認めるときの評価の「基準」に、主人公の人格や行動が評価に値するか(または魅力的か)と言うことが、実は大きいような気がします。
 しかもその評価は、文学的・芸術的価値基準と言うよりは、倫理的価値基準においての。

 もちろん『罪と罰』や『パルムの僧院』などを挙げるまでもなく、古今東西の小説の主人公は決して善人ばかりではありません。(「ピカレスク・ロマン(悪漢小説)」というジャンルまであります。)

 でもそのようなものも含めて、(「ネガ」「ポジ」という簡単な解説を加えつつ)主人公の倫理的価値基準が、作品そのものの価値基準に連動している部分がかなりあるような気がします。

 そしてこの小説の主人公ギャツビーに、倫理的価値基準上の高評価を与えることができるとは僕は読めなかった、何より人間的な魅力を感じなかったのですが、うーん、僕の読み違いでしょうかね。

 では村上春樹の、この作品に対する高評価はどこから出てきているのでしょうか。

 ひとつは、おそらく文章力でしょう。文体・文章に対する芸術的評価であるような気がします。例えばそれは、三島由紀夫が述べるところの「細部の美」でありましょうか。

 そしてもう一つは、フィッツジェラルドの人生に対する価値観が、村上春樹のものと一致している故ではないかと僕は考えます。そしてそれは、彼らの一種「恋愛至上主義的人生観」ではないかと考えます。

 どこかに自分にとって100パーセントの異性(価値)がいるという信念。そしてその異性を僕は決定的に失ってしまったという喪失感、ではないかと、僕は愚考します。

 ゆえに、村上氏が力を入れて書くほどに、彼の本作への評価に対して、少なくない人が「困った顔」をして、その高評価についての疑義を問うのじゃないかと思います。

 うーん、なかなか難しくも興味深いところでありますね。

 この本の前の、村上訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、僕はとても面白く読めたんですがねー。


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