おっさんも見上ぐ師走のみ空かな

おっさん句入




 「おっさん」って、あの、何て言いますか、
熟年の男性を少しやんちゃな感じで呼ぶ「おっさん」じゃなくて、
(イントネーションがかなり違うんですよね。)
言いますよね。

 あれは、「和尚さん」の簡略形なの?

 とにかく、「師走」の語義の一つの姿かな、と。

                                 秀水


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おや少し曲がりをるかと春飾り

おや少し2句入




 いやー、いよいよ年の瀬ですねー。
 我が家の越年準備は、まだ全く致しておりませんがー。

                               秀水


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作者の視点の慈悲深いまでの暖かさ

  『麻雀小説自選集』阿佐田哲也(文春文庫)

 ブックオフで105円で、見つけた時、一瞬怯みましたね。
 何を怯んだのかというと、この本の圧倒的な厚みであります。3㎝くらいあります。ページで言うと、740ページほどです。で、105円。
 まー、普通考えると、「買い」ですよね。たとえそこに収録されてある小説を、かつてはすべて一度は読んでいたとしても、です。

 いやー、いかにも懐かしかったですね。
 たぶん僕の大学時代後半の頃ですか、角川文庫がドッとこの作者の麻雀エンタティンメントを刊行し始めました。かなり売れたのだろうと思いますが、僕も出る端から買って読みました。とっても面白かった。

 今考えれば、これは山田風太郎の忍法帖シリーズととてもよく似た所があると思います。ただ僕にとって忍法帖シリーズは、やや殺伐さにすぎる読後感を持つことが多く、山田風太郎ファンでありながらも、そんなにたくさんは読んでいません。

 阿佐田哲也の麻雀エンタティンメントでいえば、ちょうど『麻雀放浪記』が長編という形でそれに対応するように思います。上下二冊の第一部は、僕は楽しく読みました(何度か再読もしました)が、二部以降は、上記忍法帖とほぼ同理由で、ちょっとつらかった。

 今回の文庫本は、その『麻雀放浪記』第一部「青春篇」が丸ごと入って、ちょうど全ページの半分くらい。残りの半分は、「雀豪」を描く短編小説集であります。

 この短篇集の部分が、上記の表現で言う「殺伐さ」がどろどろのところまで行っておらず、そのかわりと言っては何ですが、作品の展開のおもしろさが非常にわかりやすい形で描かれていて、第一級の娯楽作品として楽しく読めました、再読三読ではあっても。

 特に今回、久々に読んで大いに感心したのは、実はタイトルのうまさについてまず強く感じたのですが、要するに、作者の視点の慈悲深いまでの暖かさであります。

 これはおそらく、ポエジーという域にまで達しているのではないかと思います。
 こういった展開からはみ出してくる要素は、いわゆる作者の人間性みたいなものに絡まってくるもので、阿佐田哲也=色川武大が死んだ時、山田風太郎が、「孤独な世界を描く比類のない才能」として「壊れた頭を書く、壊れない頭」と、その死を惜しんだのは宜なるかなと思います。

 さて、かつて我が家にずらりとあったはずの、阿佐田哲也麻雀エンタティンメント文庫は、今は一冊もありません。いったいどこへ行っちゃったんでしょうかねー。
 本を整理する時、いろいろ考えて捨てる本と置いておく本と分けたはずですが、そういった時の判断って、時がたって確認すると、ほとんど見事に呆れるほど「ハズレ」としか言いようのない状態であるって、そんなことありません?
 うーん、僕だけなんでしょうかねー。


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サクサクと小口揃えて冬菜かな

SDサクサク句入り




 えー、実はわたくしは、こんな「児戯」めいた句に対する嗜好がありましてー、
まー、少々、困ったものです。

 (別に誰も困りませんか。)
                               秀水


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さて最近の私は……

 さて最近の私は何をしているかというと、相変わらずぼーっとした日々を送っているのであります。
 しかし、一つ反省したことがありました。先日こんな本を読んだことが切っ掛けです。

  『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』遙洋子(ちくま文庫)

 この本は少し前にはやった本なんですね。僕の読んだのは文庫なんですが、新刊書としては2000年1月に出たそうで、20万部も売れたそうです。
 ベストセラーとか沢山売れた本にはつまらない本も非常に多いですが、たまに「へー、こんな本が20万部も売れたなんて、捨てたものでもないよなー」と思う、そんな「いい本」です。

 内容的には、著者が東大で「フェミニズム社会学」の講義を受けたことについてのエッセイといった形なんですが、よい点が二つあります(もちろん僕のバイアスの掛かった見方ですが)。
 一つは、真剣に勉強することの素晴らしさを説いていること。そして、読者に学ぶ意欲を啓蒙していることです。

 実際のところなまじエライ人ほど、こういった啓蒙は難しいところがあります。東大を頂点とした学歴社会のヒエラルキーを批判する著者の出身大学が東大であったなどと言う、シャレにもならない状況が多々見られる現状です。

 壊れかけているとはいえ、まだまだ学歴社会のこの国で、学問・勉強の素晴らしさを正面から説くことは、ともすれば自慢話か利益誘導話になってしまいかねない危うさがあり、事実ここ最近の教育に関する言説には、その後ろに「勝ち組」の尻馬にわれも乗りたしといいかねない卑しさが、多く透けて見えます。

 もう一つは、これは我が不勉強ぶりを暴露するに過ぎないのですが、文中に「フェミニズム社会学」の文献の一部が、結構沢山引用されており、そんな学問的な本から隔たって幾久しい私にとっては、なかなかこれもまた大いに触発されるものでありました。例えば、こんな文。

 「パラダイムは当事者の経験を構成する世界観の根底をなしており、「説得」や「論破」によって取り替えることができるようなものではない。」(「わたしのメタ社会学」上野千鶴子)

 「個人は社会が要求する同調や参加から一歩距離をおいて、自己の責任において判断する秘密の時間、あるいは自由な時間を保持していかなければならない。この秘密な時間、自由な時間は、(中略)自己自身による判断を生み出す拠点となるという点で、能動的な態度決定を持ちうるための不可欠な条件なのである。」(山之内靖『方法的序論』)


 こんな文章って久しぶりに読むとなんかとっても新鮮な気がして、「うーん、学問はすばらしい」と思ってしまう私の頭は、めちゃめちゃ単純とはわかりつつも、なんとなく、よし頑張ろうと思ってしまうのでした。

 というわけで私は、即座にそれまでの怠惰な私自身を激しく自己批判し、反省しきりではありましたが、……いえ、あったんですが……確かにあったんですけどねー、……えー、冒頭に戻る、と。


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鎮魂の冴ゆる灯りやルミナリエ

SDルミナリエ01句入り




 あまり何も考えずに「鎮魂」と書きだしてしまった気がして、
少し、気になります。

                        秀水


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もしもこの業績なくんば……

  『病いの人間史』立川昭二(文春文庫)

 この作者はお医者さんですね。「病跡学」とまではいきませんが、明治・大正・昭和の主に文人を中心に、各人の死に至った病から、あれこれと人と人生についてアプローチした本です。

 どんな人が対象になっているかというと、樋口一葉・中江兆民・正岡子規・乃木希典・夏目漱石・松井須磨子・野口英世・竹久夢二・宮沢賢治・斎藤茂吉、というのがフル・ラインナップです。
 なかなかおもしろそうでしょ。

 しかし、優れた仕事を世の中に残した人というのは、やはりどこか凡人と異なる点がありますね。それも、少し穿った見方をすれば、もしもこの業績なくんば、変人・狂人に同じ、といった。
 まーしかたないでしょうね。
 普通の人と同じに普通のことをしていたんでは、優れた業績なんて残せっこありませんものね。

 でも昔の人は、本当に病気が多かったですね。医学の発達がいまだしだったからでしょうが、しかし今だって、難病なんて星の数ほどありますものね。
 いや、健康には気をつけつつ、いざというときの心構えも充分備えておかねばなりませんよね。

 最後にこの本に対する確かにトータルな感想ですが、もちろんそれなりに面白い本なんですね。
 でも何というか、やはり「文体」というんでしょうかね、別に悪い点を付けるほどではないんですが、要するに、「文章の味」ですかね。プロの文士でないぶん、どうしても「味」とか「芸」とかいう部分がやはりやや欠ける気がしました。

 そして、こういうのが欠けると、例えば食事をした後お腹は満腹なんだけれど、
 「あー、おいしかった。」
 の一言が出ない、という感じになります。
 これもまた、えらいもんですがねー。
 (ちょっと辛口過ぎますか。そうだったら御免なさい。)


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極月の服喪の便り増えにけり

服喪便り句入り




 まぁ、人生のそんな時期ですかねー。

 いつだったか(どの作品だったか)「フーテンの寅さん」が、人生の「順送り」について述べていたシーンがありましたが、まさに少しずつ端に詰められて詰められて、「すとん」と落ちる。

 今はむしろ、この「すとん」の方が大変なのかもしれませんが……。

                                   秀水


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君子は先憂後楽す?

  『鶴屋南北』郡司正勝(中公新書)

 この本の中に、南北の生きた時代を、まずこんな風にまとめてありました。

 「おぞましい怪奇残虐の趣向が、敵討ちという徳川時代の儒教の大義名分の倫理に支えられた美徳な行動としての世界の中にはめ込まれている二重構造こそが、当時の美学である。」

 なかなか上手なまとめ方ですね。よくわかります。
 これが、特に南北の晩年に限ったまとめになると、この様になります。ちょうど南北が『四谷怪談』を執筆し、上演された頃であります。

 「人間性が熟れて、爽やかな道義を失い、漂うような泥流の闇となる。正直者は存在の影が薄く、欲望の燃えさかる者は悪の道へ走るしかない。忠義は生きてゆくための標榜でしか過ぎなく、金ですべての欲望は購える。女は身を売るしかなく、愛や信頼は裏切られるために存在し、逞しく死して復讐を遂げる亡霊が、最後に残された人間性を表出している。」

 具体的に時代を書けば、これは文政8年前後の時流のまとめなんですが、うーん、爛れてますねー。
 しかしよく考えてみますと、これもその時代に特定した上手なまとめの一文だと思う一方、なんかまぁ、結構どんな時代のまとめとしても当てはまりそうな気もします。

 それはつまり、人間という者が本質的にいっこうに進歩しないからでしょうね。
 それは、21世紀もしかり。いや今まで以上に、欲望の生み出すものが肥大化した分だけ、とんでもない状況は拡大しているのではないでしょうか。

 シンドイ話になってきましたねー。
 どーも、あきませんなー。

 「大丈夫、もー、大丈夫。なーんにも心配することはありません。どーんと、大船に乗った気持ちでいなさい。もー、だいじょーぶです。」
って、誰か言ってくれませんかね。

 君子は先憂後楽すとはいえ、そんなものでもないでしょうから。(第一、誰が君子なんでしょ。)
 いや、困ったモンです。


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