寄せ鍋におでん好める孝子かな

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 「孝子」とはもちろん「こうし」と読みます。

 なぜ寄せ鍋とおでんの好きな子が孝子なのかは、
 20年近くも夕食を作っていると分かります。

 寄せ鍋に、おでん。……いい季節ですね。

                            秀水


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テーマ : 俳句 - ジャンル : 小説・文学

これは「自戒」ですから……(その2)

 前々回の続きであります。
 前々回は、思うところあって私はちょくちょく(無料の)大学の社会人向け公開講座を聞きに行く、という話でありました。
 そしてそこで、大いに自戒すべき事を学んだという話に続くはずがいっこうに続かず、休憩となってしまったという、いつもながらの情けない展開でありましてー、えー、どうもすみません。

 さて話は、講義終了後の質疑の時間のことであります。
 例えば三名の質問者が「厳選」され、しかし、そのうちの二名までは、「スカタン」質問であるという話まで行きまして、今回は、残りの一名の質問から始まります。

 いえ、残りの一名の質問は、さすがになかなかまともな質問であることが多いです。
 しっかり講義内容をまとめ、ポイントを鋭く衝いてくる質問が結構あったりします。

 でもねー、問題は、というか、ユニークなのは、その方が質問をすると、周りの数名が「そうそう」「そうそう」と、次々と声を出して相づちを打ちはるんですね、これが。
 これもなかなか特徴的な風景でありましょう。

 で、私、そんな場面を数多く体験しまして、とうとう一つの「真理」に到達しました。
 それは、そもそも誰かが聴衆に話を一定時間行えば(それはどんな講義・講師であっても)、必ずやすべての聞き手の心には質問が生まれるという「真理」であります。

 これを仮に、

  「講義に於ける必然的質問誕生の法則」

と名付けてみます。(え? 何じゃそれは、って? いえ、そんな名付けをしたかっただけですがー。)

 さらにここで私は、はたと思うことがありました。
 現代の教育問題についてであります。
 それは、よく書籍やマスコミなどで取り挙げられる、「日本の生徒・学生達は、自ら疑問に思いそれを積極的に質問する能力に欠けている」というやつであります。

 はたして、この主張は正しいのか、私は大いに考えさせられたのでありますが、えー、また、続きます。すみません。


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大寒や音量上げて聴くアリア

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 寒い冬の夜に聴いていると、
 身体が暖かくほぐれていくように感じる音楽は、
 ……えっと、
 やはりバッハですかねぇ。

 昨日の大寒、
 関西は割と暖かかったと思うのですが……。

                           秀水


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「自戒」として……(その1)

 少し前より、思うところあって(という風に書くと、ちょっとかっこいいですね。なに、お金がなくてヒマは少しある、というだけのことですが)、最近いろんな大学がよく行っている社会人向けの公開講座(無料のヤツです)にちょくちょく顔を出すようにしています。

 もちろん面白いのもあれば、面白くないのもあります。
 例えば、やはり未だに自分の講義ノートだけを見ながら棒読みの授業をする先生っているんだなー、なんて発見があったりします。

 (ついでに書いておくと、きっと私は、そんな悪意はなく、そんなことを知り合いや身内にこれからも喋ったりすると思います。その中にはきっと、受験生の子供や孫とか、受験生そのものもいるとは思いますが。いえ、別に恫喝ではないですがー。)

 しかし、そうこうしているうちに、私は大いに自戒すべき事に気づいたというのが、今回の内容の眼目であります。(まず第一回目として言っておきますが、「自戒」であります。)

 まず受講者の男女比ですが、だいたい2対1くらいの割合で女性が多いです。年齢は、見たところ60歳以上、主流は70歳前後じゃないでしょうかね。
 そんな集団が聴講者なんで、自ずとここから、いろいろとおもしろいことが起こります。

 例えば、講義の最後に質疑の時間を取りますと、実に沢山の質問者が現れるんですね。
 我々が大学生だった頃の講義って、はたしてこんなんだったでしょうか?
 そんな記憶は、一切、ありませんよねー。

 でも、時間があまりありませんから、大概二.三名の質問でおしまいになります。
 ところがその三名の質問が、実に、何といいますかー、まー、そもそも質問なんて、何を言っても良いようなものではありますがー、実に実に、ユニークであります。

 よーするに、三名中、二名まではほぼ「スカタン」な質問ですね。完璧に講義内容を外しています。自分の自慢話だったりしています。
 大学の先生も少し困っていらっしゃいます。(そして、質問者はなぜか鼻高々であります。)

 そして、残ったお一人の質問ですが、まー確かに、お一人くらいは「まっとうな」質問をなさるのですが……。
 以下、続きます。


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おやここも思わぬ春のいそぎかな

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 「いそぎ」とは、「支度」の事だそうです。

 なかなか、味のある言葉ですね。


 ……芝生の芽が、出ていましたよ。

                         秀水


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自殺者を生み続けるシステム

  『幽霊人命救助隊』高野和明(文春文庫)

 知人に勧められて、上記の小説を読んでみました。
 こういう小説のジャンルって、何というんでしょうかね。裏表紙に書かれてある宣伝文(と言うんでしょうか)には、「傑作エンタテインメント」とあります。
 ただ、私のイメージの「エンタテインメント」とはちょっと感じが違います。
 かなりバイアスの掛かった言い方ですが、ずっと真面目な、かつ地味な小説という感じがしました。

 お話は、ほぼタイトルの意味するままに、自殺して亡くなった4人の男女の幽霊が、「神」に命じられて、これから自殺を企てる人々のレスキューをするという話で、なるほどこんな風にまとめてみると、「エンタテインメント」という感じはしますよね。

 結構長い小説です。文庫本で600ページほどもあります。
 しかし、想像するようなアクションもアドベンチャーもあまりありません。(読めば分かるのですが、自殺企図者を救助する方法が、考えようによってはとってもコメディアスな方法なんですね。)
 彼らは多くの自殺者を救助していく過程で、畢竟人はなぜ自殺をするかという原因究明に乗り出して行かざるを得ず、そしてそれが、私が上記に書いた「真面目」「地味」に繋がっていきます。

 つまり、現代日本人が自殺する原因というのは、当然ながら、現代日本国家の持つもっとも先鋭的かつラディカルな社会の歪みの現れであるわけです。

 自殺実行の最後の引き金は、ほぼ100%そこに「鬱状態」があるものの、至るプロセスは千差万別であり、しかしまた、きわめて類型的とも言えます。
 その共通項をおおざっぱにいえば、「ストレス」と「お金」であり、それを抱え込む側(自殺企図者)に共通する性癖は「勤勉・真面目」であります。

 ただここまでの解説なら、マスコミなどですでに幾度となくコメントされている内容でありましょう。
 しかし本書は、長いお話の終盤あたりから、「お金」を巡る自殺企図者の原因を追求していく中で、日本という国の経済のあり方そのものが、たえず自殺者を生産し続ける原因となっていると言うことを、実際の資料を話に組み込んでいきながら、明快かつきわめて高い説得力で述べていきます。このあたりは、実に圧巻でありました。

 それは説かれてみれば当たり前とも思えることで、年間三万人もの人々が多年にわたって自殺し続ける原因が、個人の責任や資質だけに求められてよいわけがありません。
 「日本人は真面目で勤勉だから」などの言い回しの後ろに隠れている国家体制の暗部の存在と、浅薄なマスコミなどの知識だけに踊らされてはいけないということを知ることが、本書を読んでの、私の第一の感想でありました。

 ねっ。けっこう真面目な本でしょ。


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清廉と指で綴りて七日かゆ

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 「清廉」とか、
 「清貧」とか、
 ほぼ今の自分と交わることのない価値観に、
 ふと、憧れる七日粥でございます。

                         秀水


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このきらびやかな天才達の群像

  『小沢征爾さんと、音楽について話をする』小沢征爾・村上春樹(新潮社)

 クラシック音楽が、何も分からないなりに好きなものですから、以前も書いたような気がしますが、それ関係の本を読むのも結構好きです。

 知識として音楽の周辺について知っていても、鑑賞にはあまり関係ないとも思います。(そんな感じの知人がいまして、ご年輩の女性で、特に高齢になってからは視力の減退もあり、音楽関係の本など読むこともないとおっしゃっていましたが、一緒に音楽鑑賞をしていると、こちらがはっとするような一言をさらりと述べられていました。)
 しかし、まー、知識があればそれなりに楽しいこともあると、もっぱら見付ければそんな本を読んでいるのですが、今回の本は、そんな私の音楽関係読書の中でも、飛び抜けて面白かった一冊です。

 そもそも、村上春樹の音楽関係本(音楽関係エッセイ)は、以前よりとても楽しく読んでいました。
 一方小沢征爾の本は、ずっと昔に、氏がスクーターでアメリカやヨーロッパを走り回りながら音楽武者修行をしたという、自伝のようなエッセイを読みました。(しかしこちらの内容は、実はあまり憶えていません。)

 小沢氏の本は、他にも対談を中心にもう少しあったと思いますが、今まで丁寧に読み切れていません。しかし今回、こんなに小沢氏の話が面白いのなら、もう一度じっくりと読み返してみようかなと思ったほどでした。

 では、なぜ本書がこんなに面白いのかといいますと、それは私の鑑賞するクラシック音楽の傾向とも関係があると思います。私が鑑賞するのは、だいたい1960年代あたりから2000年くらいに録音された演奏であります。(もちろん始めの頃のは、レコードをCD化したものですね。)
 そのころのクラシック音楽界といえば(本当のところ私はそんなにも知らないんですが)、たぶん「帝王」カラヤンを中心にした、様々なきら星のごとき天才達の群れであったと思います。

 そして本書に点景のように描かれるのは、そんな天才達が、ことごとく本書の小沢氏の知人であったり(ミレラ・フレーニと我が家で餃子パーティーをしたとか)、お世話になった方であったり(カラヤン先生にはオペラを振ることを強く教えられたとか)、世話をした、或いは一緒に仕事をしあった同輩であったり(グレン・グールドのうちに遊びに行った時の彼の「ヘン」なエピソードとか)、それ以外にもカルロスの話とかパバロッティの話とか、もちろんレニーは出てくるし、本当に読んでいて、唖然とするようなゴージャスな登場人物ばかりであります。

 もちろん落ち着いて考えれば、小沢征爾氏自身が、彼らと肩を並べても全く遜色のない大天才だからだとは思いますが、それは全く眩暈のしそうなきらびやかさでありました。
 たぶん私のような傾向のクラシック音楽を好む人には(そんな方がほとんどだと思うのですが)、本書は間違いなく「破格」の面白さであります。

 最後に、6つある章のうちの(形としては6回に分けて対談を行ったということですね)いくつかのタイトルを書いてみますね。

 「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番をめぐって」
 「カーネギー・ホールのブラームス」
 「一九六〇年代に起こったこと」
 「グスタフ・マーラーの音楽をめぐって」


 ねっ。
 これを見ただけで、もう、とっても読みたくなってきたでしょ。


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