窓越しの橋の勇姿や春の雨

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 一昨年も同じように行ったのですが、
 今回も先輩の停年退職祝いで、
 兵庫県は舞子というところに行ってきました。
 一昨年にも書きましたが、
 明石海峡大橋のあるところです。

 今回は雨模様。
 でもそれはそれで、悪くないのが、
 何とも嬉しい旅でした。

                            秀水


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物干しの光も妻も長閑なり

長閑

 1月並みだったり、
 6月並みだったり、
 なんだか人騒がせではありますが、
 ほわほわとほっとする季節が、
 近づいてるのは間違いないことですね。

                             秀水


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同時代曲としてのマーラーの交響曲(後半)

 『マーラーの交響曲』金聖響+玉木正之(講談社現代新書)

 この本には、例えばこんな事が書いてあります。

 (略)『交響曲第三番』の作曲は、オーストリアのザルツブルクの東方約50キロのところにあるアッター湖畔の村シュタインバッハに作曲小屋を建て、そこで夏の期間の作曲に没頭したようです。
 ここもオーストリア・アルプスを望む非常に風景の美しいところで、この地を訪ねてきたブルーノ・ワルターが、聳え立つ岩山の素晴らしさに見とれていると、マーラーが「そんなに眺めなくてもいい。あの風景は全部、僕が音楽にしたから」といったそうです。

 この『交響曲第三番』に関してマーラーが書き残したキイワードだけを、第1楽章から順に書き並べてみると、次のようになります。「牧神」「森」「岩山」「夏」→「草原」「花」→「夕暮れ」「獣」→「夜」「人間」→「朝」「鐘」「天使」→「愛」「神」……このような展開(発展)を、マーラー自身、「一種の進化論的展開」ともいっています。

 指揮者としてのマーラーは相当に厳格な完全主義者で、自分の思い通りの演奏をしてくれないオーケストラのメンバーに対しては情け容赦なく罵声を飛ばし、自分に反発する古参の演奏家の多くをクビにし、若い演奏家に入れ替えたことでオーケストラと対立した、ともいわれています。
 じっさいベートーヴェンの交響曲の練習で、「手を入れた楽譜」に一部のメンバーが猛反発したときなど、マーラーは、「そうして怒り続けていてくれたまえ。そうすれば、いい演奏になる」といってのけたこともあったそうで、そういう言い方や態度に反発を感じるメンバーが存在したことは確かだったようです。


 今、三個所から引用しましたが(今回の報告は引用だらけになりましたが)、本書はこんなエピソードがいっぱい詰まっている本で、そしてそこに描かれるマーラーの佇まいはとても現代人的であります。

 1860年に生まれ1911年に亡くなったマーラーは、日本の元号で言えば江戸時代の終盤万延元年に生まれて、大正の始まる前年の明治44年に亡くなったことになり、まるまるの明治人であります。

 明治人である連想からか、本書には、共著として名前のある玉木正之が、マーラーの同時代人として夏目漱石を挙げています。漱石の作品『こころ』に「明治の精神」という有名な表現があるのですが、その連想なのかも知れません。

 かつてマーラーを聴き始めた時、私は、なんだか作品のイメージがとても偏執的に感じられたのですが、その偏執的であることも、上記のエピソードに見られるようないかにも人間的な人物像も、みんなひっくるめて、同時代人としてのマーラー、同時代曲としてのマーラーの交響曲という見方考え方を、本書を読んで私はとみに強く思い、そして改めて親しく感じるのでありました。


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