さみだれて 里の農事の たよりあり

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 私の持っている歳時記に、
 このように書いてありました。

  「さつきあめ」あるいは「さみだれ」ともいう。
  「さ」は稲の植え付けの意で「みだれ」は水垂れ、
  つまり雨のことで田植のころの雨。


 なるほどねー。
 一つ賢くなりました。

 と、ちょうど女房の里から、
 昨日田植えをした、というたより。

                               秀水


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テーマ : 俳句 - ジャンル : 小説・文学

心を新たに「消す」

   『楽は堂に満ちて』朝比奈隆(中公文庫)

 古い文庫本であります。例によって、大型古書店で見付けました。
 筆者の朝比奈隆氏も、亡くなってもう十年以上になるんですね。

 朝比奈氏の日本のクラシック音楽界における業績は偉大なものがあるのだろう位は、私も知っていながら、お気楽な一クラシック音楽ファンとしては、実はさほどすっごい演奏をなさる方とは思っていませんでした。

 これはとても不遜ではありますが、申し訳ないながら、あらゆる芸術の享受者の小さな「権利」でもあります。ベートーヴェンなんて眠いだけでちっともよくないよとは、誰でも言って良いのであります。

 で、さて、冒頭の文庫本でありますが、中にこんな文章がありました。
 『第九交響曲』と言うタイトルで、こんな書き出しで始まっています。

 「二つ目の消しゴムがもう半分になってしまった。」

 筆者が消しゴムで何を消しているかというと、ベートーヴェンの九番の指揮者用の楽譜なんですね。幾十年かけてそこに書き込んだ様々な書き込みを、自分で全部消しているのであります。

 「私は心を新たにして演奏するための準備にかかっている。」と書いてあります。そして続いてこんな風に書いてあります。

 そこには私にとって長い年月がある。行と行の間を埋めるように細々とした記号、追加された音などが書き込まれている。その一つ一つに私にとって生々しい記憶がある。多くの文献から、権威ある大家の先例から、そしてまた自分自身の骨を刻むような苦しい迷いから得たものすべてがそこにしるされていた。それはまたこの巨大な音楽の神秘な内陣へ何とかして到達しようと、必死にその周囲をさまよった歳月の記録でもあった。

 それを筆者はすべて消しているんですね。
 ……何と言いますか、これにはひたすら頭が下がります。
 なかなか出来ることではありません。

 冒頭に私はとても不遜な書き方をしたのですが、その理由とは別なところで、改めて筆者の凄さを感じることができました。

 あたかも、ゴールデンウィーク中であります。
 朝比奈隆のベートーヴェンとブルックナーを、久し振りに聴き直してみようと私は思ったのでありました。


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