稔りへの 楽しみ広く 胡瓜の葉

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 今年も、グリーン・カーテンとして、
 胡瓜の苗を買ってきまして植えました。
 ……と、テレビを見ていましたら、
 『家庭菜園・立派な胡瓜の作り方』
 を、しているではありませんか。
 わたくしは実にじっくりと視聴いたしまして、
 「立派な胡瓜の作り方」を会得しました。
 よし、これでオーケー。

 ……さぁ、楽しみ、楽しみ。
                                秀水


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漫画原作の映画を考えてみました

 さてわたくし、「古い日本映画を見る会」の一人会員といたしまして、これまでもぽつぽつと古い日本映画のDVDを借りてきているのでありますが、ここんところ、いわゆる「B級」日本映画を続けて見ました。

 私がこんなことをいうのもおこがましいですが、しかし実に悲しくなるほど出来の悪い映画というものが存在するんですね。
 私は一方で小説が好きなのですが、小説についても、もちろん同じことが言えると思います。ただ小説の場合、私のほうが先に怖気づいてしまって、ここ十年ほどはすでに評価の定まった(かなり定まりつつある)小説ばかりを読んでいるので、この度久しぶりに悲しくなるほど出来の悪いフィクションに接して(それも連続して出会って)、ちょっと戸惑っていました。

 で、今回報告する古い日本映画ですが、これは「B級」と私は評価したわけではありません。ただ、見る前は何となくそれっぽい感じがしていました。まぁ、そんな報告。

 見たものは『ねじ式』であります。
 この作品の監督も登場俳優も私は知りませんでした。(監督の名前は何となくどこかで聞いたことがある程度でした。)
 よーするに、例の漫画界の空前絶後の「名作」、つげ義春の『ねじ式』の映画化であるから見たんですね。

 いえ、結構面白かったです。
 映画は、冒頭のわけのわからないパフォーマンスの部分と、しばらく続くつげ義春の私小説風な部分の後は、原作のつげ漫画『もっきり屋の少女』『やなぎ屋主人』そして『ねじ式』をほぼそのままになぞっています。

 それが結構面白かったのではありますが、同時にそれが、この映画の「限界」もまざまざと感じさせました。
 一番私が気になったのは、原作の、セリフからセリフへと続いていくシュールな連続が、映画では理解が間に合わないということでした。

 発声された時の状況が、理解を助けないシュールなセリフは、文字として定着していれば、そのシュールな意味が分かってから読み進めることができますが、映画だとセリフは言った端から消えていきますから、音からとてもそんな意味(シュールな意味)を読み取っていけません。

 速さという意味においてもそうですが、また、漫画は視線を少しずらすとすぐに遡って書かれていることを再確認できますが、映画ではそれも不可能です。

 それは例えば「メメクラゲ」なんていう一言についてもそう感じるのですが、文字として漫画の中にしっかり定着している「メメクラゲ」と、映像の中に発声されるやすぐに消えていくセリフとしての「メメクラゲ」では、インパクトがまるで違ってくると思います。

 ……なるほど、シュールな漫画は映画にならない。
 少なくとも原作漫画そのままの展開だとセリフに意味がついていかないということを、このたび私は知ったのでありますが、これって、どうなんでしょう。

 どうなんでしょうって、つまり、間違っていないでしょうか、また、ひょっとしたら当たり前の話なんでしょうか。
 このあたりが、わたくし、映画未熟者のせいで、よくわからないのでありますが……、ねぇ。……。


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緑さし ポストモダンの文庫かな

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前々回に書いた俳句の
続きみたいな句ですが、

ビールの壜が
わたくし的には、
とっても
スバラシイ!
                             秀水


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