さまざまなこと見聞きして迷い蝉

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 先日、休みの日のことです。
 いつものように、午前中、ぼーっと庭で寛いでいたんですね。
 すると、庭の木に蝉がとまっているのが見えまして、
 おや、蝉がとまっている、と、あほうのような感想を呟きました。
 そして、おい、蝉が遊びに来ているぞ、というと、
 あぁ、大人になりましたか、と女房が返事をしました。
 聞き返すと、
 紅葉の木の低いあたりに抜け殻がありませんかというから、見ると、
 なるほどその通り、抜け殻がありました。
 どゆこと? と女房に尋ねました。

 何でも昨夕、仕事の帰りに女房は、
 道路を横切って歩いている蝉の幼虫に出会ったそうであります。
 そんなところを歩いていると、人や車やいろんなものに踏まれちゃうわよ、
 と声を掛けた彼女は、その結果、
 家に連れて帰ってきて、そして庭の紅葉にくっつけたということでした。

 ………。女房と一緒になって、もう、かなり長いんですがね。
 いまだに時々、何を考えているのか分からなくなります。………。


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「宝塚歌劇初体験」

 たいてい家の中でボーとして、無為に過ごすのが私の「文化的週末」なのですが、半月ほど前から、ヘンに週末外出が続きまして、芝居を見たり、講演会に行ったり、大学の社会人講座で学んだりと、少しうろうろしました。
 で、その中にタイトルの「初体験」があったわけです。……。

 当たり前ながら、幾つになっても「初体験」というものはあります。
 例えば私は南極に行ったこともなければ、犯罪を犯したこともなく、死んだことだってありません。これから先これらのことを実行すれば(犯罪は、まー、よくないですが)、それは初体験でありますね。
 と言う風に考えてみれば、初めて「宝塚歌劇」を見たことくらい、全く入門的初体験でありましょう。でも、そんな初体験のいきさつを以下に。

 さて、関西に住んでいても、誰もが宝塚歌劇を見たことがあるというわけではありません(たぶん)。それは、甲子園球場のある西宮市にもジャイアンツファンがいるだろう事と同じであります(たぶん)。
 ただ今年は宝塚歌劇創立100周年ということで、ちらほらと街中でポスターを見たり、マスコミに取り上げられたりしていました。
 そのせいでしょうか、とんと今までご縁のなかった私までが縁をいただき、初体験の運びとなったのですが……。

 約2時間半、見終わってわたくし考えました。
 いえ、もちろん晴れやかな舞台は十分に刺激的で面白く、堪能したのですが、いかんせん私の持って生まれた妄想癖のせいで、考えついたのは、
 「小林一三は太宰治である」ということでありました。

 もちろん太宰治は私の大好きな小説家なんですが、結局のところ私にとっての太宰の魅力とは、例えば「芸術は弱いものの味方だ」とか「信頼は罪なりや」とか「炬燵は人の眠り箱」(あ、これは違いますね)とかの決めぜりふであります。
 そしてその科白の多くが、普通の大人ならば少し恥ずかしくて正面から言いづらいテーマであるのを、太宰は実に堂々と言い切っているのであります。

 さて、宝塚。
 「清く、正しく、美しく」

 今でも宝塚歌劇団事業の根幹になっているこの「モットー」=「決めぜりふ」。
 考えてみればあざといばかりに真っ正直なこのキャッチフレーズを考えついた阪急電鉄や宝塚歌劇団創業者の小林一三という偉人について、この方が、太宰より遙かに偉いのか、太宰の方が偉いのか、わたくしには分かりかねますが、私の心の中においては、「太宰に似ている」というのは、この上ない好感高評価であります。

 「うーん、恐るべし、小林一三。」
 そんなことを考えていたという、私の宝塚歌劇初体験の顛末でした。


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