燈火親し 妻に薦めし 賞作家

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 何にせよ「賞」をいただく人というのは、
 まさに今が旬の方が多く、
 その方に少しでも近づくと、なんていうか、その、
 おこぼれが戴けそうで……

 という、邪道めいた考えでは、
 別にないんですが……。

                               秀水


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「四谷シモン展」を見て

 颱風が近づいてきつつある中、関西に四谷シモン展が来ているということで、行ってきました。
 といっても、私は四谷シモンに強い関心があるわけでなく、また、人形に惹かれるわけでもなく、開催していた西宮市大谷美術館に向かって歩きながら、結局の所、私のこの展覧会への興味は澁澤龍彦にあると考え至りました。

 澁澤龍彦には、一時かなり嵌りました。
 それまでに中公文庫でも何冊か出版されていましたが、河出文庫が、本当に次から次という感じで澁澤龍彦の文庫を出し続けていました。
 あれは、一体いつのことだったのでしょうか……。

 今私の手元にある河出文庫『東西不思議物語』の奥付を見ると、初版は昭和57年(1982年)とあります。
 しかし私は、そもそも三島由紀夫経由で澁澤龍彦の著作を知り、さらに唐十郎、麿赤兒、宇野亜喜良、金子国義、そして沼昭三に至る一連の名と一緒に四谷シモンの名前を知りました。
 そしてそれらの名前が代表する、硬質な悪とエロスの匂いがぷんぷんする憧れと華やかさに満ちた世界が日本でリアルタイムで開かれていたのは、たぶん1970年あたりであったろうと思います。つまりその年の12月に、三島由紀夫が割腹自殺をする年であります。

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 速いもので、あれからもう40年以上が経ちます。
 あの時の、悪とエロスの文化は、今はどうなっているのでしょうか。
 ああいった、いわば正の文化のアンチテーゼは決してなくなることなく、必ずどこか闇に近い場所で連綿と引き継がれる需要があるものでしょうが、あの時代に一瞬大きくメジャーに躍り出たように思えたのは、今思えば、時代の「鬼っ子」みたいなものであったのかもしれません。
 あの「悪とエロス」は、現在ではたぶん「洗練」という名の許に、より稀釈化された形でしか目に付かなくなっているように感じます。あるいは、より散文化した、負の想像力を同道しない、残酷はあっても優雅はない、いわば身も蓋もない姿になっているように思います。

 そんなことをちらちらと考えつつ、私は、「セクシー」でも「エロ」でもない、四谷シモンの「エレガントなエロス」のドールを、じっと佇みながら見ていました。


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