皐月日に 帽子のつばを 低く引く

皐月日に




 いゃーーーーー。
 いや、いっきに暑くなりましたねー。

 でも、今までなかなか暖かくならなかったものだから、
 なんか、少しわくわくしそうですね。

 でもでも、あっという間に、
 きっと「許しがたい」暑さになっちゃうんでしょうけどー。

                                  秀水


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「フェルディナンド・ホドラー展」でぼんやり考える。(後半)

 えー、前々回は、わたくし昨年末に東京で「ミレー展」を見て、とてもよかったというところまで書きました。
 「ホドラー展」は、その時開催していた国立西洋美術館の前を素通りしました。

 ということで、なんじゃらほい。わたくしが「ホドラー展」に行ったのは、東京展示が終わった後、関西までお出ましになった「ホドラー展」でありました。実は東京に行く前に、女房に一緒に行こうと約束していたんですね。

 兵庫県立美術館であります。雨が降っていました。
 ホドラー展やるんや、と最初に知った時は行く気満々だったのですが、そして、前売り券まで2枚買っていたのですが、その後なんだかだんだんその気が失せてきていた日曜日でありました。

 そもそも放っておくと、週末は「引きこもり」の少年のごとく、一日中自分の部屋に閉じこもってぼーーーといるわたくしに業を煮やした女房は、雨の中、わたくしを引っ張って「ホドラー展」に行ったのでありました。

 で、見てきたんですがね。見たら見たで、さすがに楽しかったんですがね。
 そもそもホドラーという人は、19世紀から20世紀にかけての方で、つまりグスタフ・クリムトなどと並び称される「世紀末」の画家でいらっしゃいます。

 ということは、「レッテル」に寄りかかるように、印象派、それも後期印象派あたりから出発し、頽廃の世紀末、不安の20世紀に至るという、そんなざっくり理解をどうしてもしてしまいまして、それなりに納得あるいは感心はしますが、めちゃめちゃ感動するというわけでも(ごめんなさい)ありませんでした。

 ただ、鑑賞していてふと私が連想したのは、モディリアーニでありまして、あのモディリアーニリアの強烈な個性のフォルムは一種アカデミズムの極北であり、それがホドラー作品の持つ本来のバロック概念(=いびつさ)とどこか共鳴し合うように感じました。

 そして、森羅万象をあのような強烈なフォルムでカンバスに定着せずにはおかないとする精神を持つことは、個人としては、はたして幸福であるのかどうかという、少しお節介なことも、私はぼんやりと考えたのでありました。


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逝く春の 息呑むごとき 名残りかな

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 ちょっと離れた所の公園に女房と行きました。
 ……うーん、伝統というものの凄いところは、
 こんな、何ということのない公園にも
 こんな、凄い時と景色が繰り広げられている
 と、いうところですかねぇ。

                                  秀水


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「フェルディナンド・ホドラー展」でぼんやり考える。(前半)

 去年の暮れに仕事で東京に行ってきまして(当方、関西に居住しております)、その仕事が済んだ後少し時間が余ったものだから、「お上りさん」そのままに東京見物をしました。

 とはいえ、さほどたくさん時間に余裕があったわけではないので、本来の仕事の目的地であった文京区というあたりをぶらついた後、関西に帰るべく少し早めについた東京駅周辺をさらにちょっとだけ散策しました。

 わたくし、実は近代日本文学に少々嗜好があるのですが、文京区というのは東京大学のあるところで、一方やはり明治以降の文学者の多くは東大を出ており(といっても、先日太宰治関係の本を読んでいたら、太宰は東大文学部仏文科に入学したのですが、太宰入学の頃の仏文科というのは、ほぼ無試験であったらしく、東大の入学のしやすさというのも年によって様々であることを知りました)、ということは結果的に文京区に文学者の足跡が多く残っており、ぶらぶら歩いているとそんな「案内掲示」が結構あちこちにあって、近代日本文学マニアの私にはとっても楽しかったです。

 その上文京区には、別に東大がらみじゃない文学者の足跡もたくさんあって、やはりこのあたりが「江戸」から明治以降の首都東京という地力ですなーと、わたくし大いに感心したのでありますが、そういえばそれによく似た感じの街を連想すると、私の知っている範囲では、やはり京都ですかね。あの街もぶらぶら歩いているだけで、歴史的人物の足跡があちこちに散見されます。

 というわけで、坪内逍遙や尾崎紅葉や宮沢賢治や樋口一葉なんかがつましく生きたであろう足跡をあれこれと拝見しまして、私はとても楽しいひとときを過ごしました。

 ……えっと、このままでは話がどんどんずれていくので、少し引き戻しますね。
 で、とても楽しく文京区をぶらぶらした後、私は東京駅周辺に行く前に上野公園に行ったら、そこの国立西洋美術館で開催していたのが、タイトルの「フェルディナンド・ホドラー展」でありました。

 ところが、私はその展覧会を見ないんですね。そこを素通りし、そのまま東京駅まで行きまして、三菱一号館美術館でその時開催していた「ミレー展」に行っちゃったのであります。

 おい、じゃ「ホドラー展」じゃないじゃないかとお怒りの貴兄、申し訳ございません。
 実は私が「ホドラー展」を見たのは別の機会でありまして、その顛末は、次回に。
 どーも、すみません。

 ↓これが「ミレー展」のチケット (ミレーって、ちょっと、クラい(?))
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