コレクション展で戸惑う……

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 先日、上記の展覧会に行ってきました。
 ウィークエンドに行ったからかもしれませんが、雨模様の中わりと盛況なようでした。様々な傾向の絵画がたくさん展示されていて、なかなか見応えのある展覧会だったのですが、見終わって一緒に行った女房と喫茶店に入り、コーヒーなど啜りながら感想を交わしていると、どーも、うまく述べることができません。

 私がぼそぼそと述べ、女房もぼそぼそと返す。なんといいますか、感想の焦点がくっきりとしないんですね。なんでかなー、と何となーく考えていたんですが、どーも、よく分かりません。

 実はわたくし、この夏はけっこう絵画展に行きました。ダリを見てきたり、藤田嗣治を見てきたり、浮世絵の展覧会なんか2種類も行きまして、その他細々としたものを含めますと7つの絵画展に行きました。
 そんなことを思い出しながら、考えをぼんやりとまとめていったのですが、以下の文章です。

 まず、一人の画家の展覧会じゃなかったということについて。
 一人の画家の展覧会の場合は、作品がほぼ制作順に並べてあるでしょうから、一作一作の鑑賞に加え(むしろそれ以上に)、作家のトータルな画業の時間的変化(深化・発展・うまくなっている・マンネリ・堕落等)を鑑賞するのが楽しかったりします。
 その結果として、画家の人生を追体験できたような気分になったりして、少なくとも私にとっては展覧会鑑賞がとっても充実したものになります。

 一方『○○美術館展』みたいなのもありますよね。あのタイプの展覧会の鑑賞のポイントは何でしょうね。
 うーん、と考えたのですが、……えーっと、まずお断りするのですが、所詮私の鑑賞なんて素人の、それも美術に対して何の見識もない者の鑑賞ですから、畢竟やや「下品」めいてくるのですが、こんな感じになります。

 展覧会の「目玉」とされる作品をメインに、自分の中でぼんやり展示作品の「ナマで見たい順ランキング」みたいなものを作って、展示会の順路の所々に「ボスキャラ」作品、「中ボス」作品を置いてメリハリを付けつつ鑑賞していくって……ちょっと下品すぎますかね。非芸術的すぎます?

 で、さて、冒頭の今回の展覧会です。今回に限ってなぜ、上記のようなわたくしの鑑賞方法がうまく機能しなかったのか。
 実は昨日の夜、風呂上がりに突然「あっ」と気が付いたんですね。「あ、そういうことか…」と。しかしそんなことがなぜ、まるで指にとげが刺さったように感情の中に一つの違和感を作るのかということについては、よく分からないのですが……。

 いえ、勿体振るつもりはありません。要は「松方幸次郎」というコレクターの存在の扱いであります。(展覧会会場における彼の業績の「顕彰」ムードということでしょうか。)
 
 ……うーん、これも詳しく考えるとなかなかいろんな視点や意見が出てきそうなのですが、そして、そんな「論争」はいたって好まないタイプのわたくしなんですが……。

 というところで、「そんなつまらないところにささくれ立つ私が悪い」という認識も持ちつつ、以上です。


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雲高く 波頭見て 白露かな

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 先日、遊びに出掛けたついでにちょっと
 神戸の港を見てきました。

 なるほど、
 海風が心地よい季節に、
 なってきたなと思いましたね。

                  秀水


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