「やむにやまれず、嘘をつく」

  『やむにやまれず』関川夏央(講談社)

 私には、文学関係の随筆または評論で、フェイヴァレットかつこの人の言うことならと思っている作家が何人かいます。この関川夏央氏もその一人です。漱石や二葉亭四迷、白樺派などのことを書いた何冊かの文春文庫は素晴らしく、とても面白く読みました。

 一方そんな筆者が、文芸評論ではなく時々本にまとめているのが、今回取り上げた趣旨の本で、短編小説のようなエッセイのようなといった文章をいくつか集めたものです。
 タイトルの「やむにやまれず」というのはその後に「嘘をつく」とつながるのだそうですが、実は「嘘」をついている小説めいたところは、今回はあまりおもしろくなかったように思います。

 何と言いますか、何か「テレ」があるんですね。たぶん、「文学」に自分の嗜好があることに照れているのだと思いますが、何かとにかく照れています。
 だから(「だから」というつなぎが適切なのか分からないですが)、小説っぽく描かれる点景に、なんともいいようのない素っ気なさがあり、そしてストーリーも禁欲的に抑えられています。(氏がストーリーテラーとして優れたものをお持ちなのは、名作漫画『坊っちゃんの時代』の原作者としての実力に明らかであります。)

 そんなやや中途半端な感じの本ですが、その中に含まれる文学に関わる蘊蓄と見識は、やはりとても素晴らしいと私は思います。(一つのお話の中に、そんな部分がけっこう出てくるんですね。)
 例えばこれは、三島由紀夫が自殺の日に完成させたとされる『天人五衰』について触れたところですが、こんな感じに書かれています。

 その朝、三島由紀夫は『天人五衰』の第二十六章から末尾まで、百四十枚分の原稿を新潮社の編集者に託した。おそらく原稿そのものはもっと前に書かれ、その日に記されたのは〈「豊饒の海」完。/昭和四十五年十一月二十五日〉の二行だけだった。
 私はゲラはどうしたのだろう、と考えた。ゲラはとらないで死んじゃうのか。初校に直しを入れて、ようやく原稿になるのが普通だというのに。ゲラなしで百四十枚分の完成原稿とは、そいつは過剰な完璧さだ。おい、よせよ、それじゃ疲れるだろう。同情に堪えない。


 こういった、知識と感覚と見識がセンチメンタリズムにくるまれて描かれるところに関川作品の際立った特色があると私は考えるのですが、きっと関川氏自身はそこにこそ「テレ」を覚えるのでしょう。
 その感性もまた、極めて文学的な表現のあり方だと思うのですが……。


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ゴシップ精神は文学研究

 『近代作家エピソード辞典』村松定孝(東京堂出版)

 わたくしごとですが、人生晩年の学び直し学問としての「文学」シリーズの読書報告です。
 しかし自分でそのように決めながら、実際にはなかなか本格的な学問研究に突入できず(まぁ、「食い扶持」の用事もありますし)、学問の周りをただぐるぐる回っているだけなのですが、今回の書籍も図書館でぶらぶらしているときに見つけた本です。
 前書きにこんなことが書いてあるのを、まず立ち読みしました。

 「(略)島村抱月が、まことに好都合な意見を残している。それによると、文学者は、日常で、ふとPassing Word(ゆきずりの言葉)をもらす、それは、かれの素顔であり本音を反映しており、その言葉からわれわれは作家の特質や思想に迫ることができるというのである。すなわち、これを以てすればパッシングワードをとらえることで、作家研究の糸口を見出しうることになるのである。」

 なるほど、「好都合」な感じのする表現でありますね。やや下品に申しますれば、ゴシップを喜ぶ精神は文学研究としてあながち間違っているわけではない、と。
 えっ? そこまでは言っていませんかね。

 ともあれ、この言葉に勇気を得て、私は本書を借りてきて読みました。
 筆者についてはどんなお方なのか全く存じ上げないのですが、文学博士のえらい大学の先生です。(平成3年初版発行の本なので、今でもご存命でいらっしゃるのか分からないのですが。)
 だから、というのか、何というのか、まー、思ったほどゴシップぽくなくて、期待はずれというか、いえそも、そも学び直しの「文学=学問」でありますから。

 この一冊に、100人の文学者や国文学者のエピソードが収録されているんですね。一人分の分量は、平均2ページと少しくらいでまとめてあります。
 だから、(というのか、ここも迷いますが)そもそもエピソードが少し物足りない感じがしました。
 ……しかしまー、「Passing Word(ゆきずりの言葉)」ですから。……。

 最後に一つだけ、内容の紹介をしてみますね。太宰治のエピソードです。
 筆者が太宰治と一緒にビールを飲み、その後お茶漬けが食べたいという太宰の言葉に誘われて太宰宅まで尋ねます。トイレを借りたあと部屋に戻ろうとしていると、太宰と夫人が、ごはんが3杯分しかないという相談をしているのをつい聞いてしまいます。しかしいかんともしがたく、申し訳なくも太宰が1杯、筆者は2杯のお茶漬けをごちそうになったというエピソードでした。
 そして最後に、こうまとめてありました。

 「その年から十年して太宰氏は夫人と愛児三人を残しての他界だった。ご長男は成人前に亡くなられたが、長女は大臣夫人となり、次女は女流作家津島佑子、『斜陽』のかず子のモデルの愛人太田静子の子治子も文壇に在る。地下の霊も満足に違いない。」

 なるほど、心中自殺をした太宰の霊が、子供達が文人になったことで満足したかどうか、今までそんなことは考えたことがなかったですが、確かに少しおやっとする問いかけでありました。


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原稿が書けない理由の面白さ

 『〆切本』(左右社)

 久しぶりにリアルな本屋に行きました。
 かつて家のそばにあった本屋さんが廃業なさいまして、その当座は不便だなぁと思っていたものの、ネットでも買えるし全国展開チェーン古本店が比較的家のそばにあるしということで、関係者の方には申し訳なくも、そのうち不便さを忘れてしまいました。

 ところがここに一つ困ったことがありました。
 それは図書カードを使う機会が無くなったことです。かつて誕生日に家人がプレゼントしてくれたカードで、その後財布の中に長く眠っておりました。
 今回久しぶりに本屋に行ったのも、実は開演時間を間違えて早く行った音楽会の、その一時間をどう潰そうかと考えてカードのことをたまたま思いついたという経緯です。

 で、買ったのが冒頭の一冊ですが、少し前に少し話題になりましたね。
 今回読んでみて割りと面白かったです。いえ正確に言いますと、面白い文章とそうじゃない文章とがあったというべきですが、90以上の文章(随筆、書簡、対談、漫画など)が収録されていますから、3割くらいが当たっていればまずまずじゃないか、と。そして私はそのうちの30作くらいを面白く読みましたから、これは「割りと面白かった」でいいんじゃないか、と。

 ちょっとその面白さを考えてみますね。例えばこんな文章。

 私は頼まれたものは一応その人の親切さに対しても、引き受けるべきだと思つてゐる。が、引き受けた原稿は引き受けたが故に、必ず書くべきものだとは思つてゐない。何ぜかと云へば、書けないときに書かすと云ふことはその執筆者を殺すことだ。執筆者を殺してまでも原稿をとると云ふことは、最早やその人の最初の親切さを利慾に変化させて了つてゐる。引き受けて書かないでゐると、多くの場合、後で品格下劣な雑誌は匿名で悪戯をする。しかし、さう云ふ雑誌は必ず朦朧雑誌に限つてゐる。しかし、それとは反対に、気質の高邁な記者に逢ふと、例へ書けなくて不義理をかけても、必ずいつか気に入つたものの書けたときこちらから送らねばすまなくなる。かう云ふ意味でもいい原稿の集まつてゐる雑誌には、必ずどこかに清朗な人格者がひそんでゐるにちがひないのだ。(『書けない原稿』横光利一)

 上記の随筆を私は本書の中でもとっても面白いと感じたのですが、その理由は二つあると思います。

 (1)愚にも付かないような理由を、本人がそのまま信じているわけではないでしょうが、本当にあれこれと考えていること。
 (2)一方文章を書く(原稿を書く)ことに対しては、一字一句たりともゆるがせにするつもりはないと思っていること。

 この2つの理由は、激しく(2)であるほどに、(1)が面白くなるという構造を持っています。だから、(2)について少々「(時間もないし)仕方がないか」と感じていそうに思える作家の文章は、(1)が空回りしているように感じます。
 つまり一言で言えば、「純文学作家」の文章がより面白いとわたくしは結論づけました。

 本書冒頭に田山花袋の随筆が載っています。
 大の男が「ああ、いやだ、いやだ、小説なんか書くのはいやだ。」と子供のように口に出す一方で、何かの拍子で筆が走るようになった時の「恍惚感」を描くアンバランスの面白さ(=すばらしさ)は、横光の場合と同様に、正に(2)が強くあっての(1)だと実感されます。

 本書は全体としては少々ヴォリュームが大きすぎないかと思うのですが、その中の純文学作家の文章は、私にはほぼ全編とても面白かったです。


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することの なくてほんのり 梅見かな

umemi01.jpg




 ……えー、前回のまるまる続きのような句ですね。
 ……えー、すみません。
 本当に前回のまるまる続きの句なんです。

 作った日も、写真を撮った日も。
 重ねて、すみません。

                         秀水


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