「文豪」の徹底的な「家学」

  『記憶の中の幸田一族』青木玉(講談社文庫)

 表紙の筆者名の下に「対談集」とあります。
 わたくしのかねてよりの疑問に、僭越ながらどうして対談集はお互いをあんなに褒め合うのかというのがありまして、本書もやはり少しそんなところがあります。

 まー、「対談集」という本が出るくらいの方が話し手であり聞き手であるわけですから、それなりの実績のある方であることは確かとしても、改めて褒め合うこともないのじゃないかと私は思ってしまうのですが、一般的にはそんなところに違和感はないのでしょうかね。

 という不満めいた事柄をまず書いてしまいました。そんな違和感があるのならなぜ読んだのだというご意見が浮かぶのですが、それはまぁ、「幸田一族」の話しであるゆえですね。

 つまり近代日本文学に嗜好のある(造詣はありませんが)わたくしとして、幸田露伴について詳しく知りたい、と。それも実娘幸田文の本を何冊か読みますと、露伴という人物はかなり、かなり「特異」な方でありそうだ、と。
 本書にも当然ながら果たしてそれが書かれてありました。まずは、こんな感じ。

 それにしても幸田露伴が娘・文になした家学は、なまじのものではなかった。それは「父・こんなこと」(新潮文庫)一冊を読んだだけですぐ分かる。(略)家の中で、父と娘との間で、少しおいて孫娘も入れて、こんな激しい劇がくりひろげられたことがあったのだ。幸田家の家事、しつけは、肉体と心の格闘技であった、と言っていい。

 私が読んだ幸田文の本名も出ていますが、「家学」とありますね。簡単に言えば、家事全般をする際の挙措動作ということでしょうが、露伴という人物は、女は何をするにしてもまずそのサマ(様態)がよくなければならないというふうに考える人で、それを娘、孫に徹底的に仕込んだ(さらには母から娘にも)ということであります。

 それは実際徹底したもので、例えばここは比較的ユーモラスな部分ですがこんな事が書かれてあります。

 あたしが娘になって、女学校になるとグーッと背がのびる。母は、「あんたそこへ立ってごらん」といって自分がその前にやってきて、「断わりなしに、いつから大きくなった」(笑)。そういうとき、ぼんやり「うーん」なんて言ったらダメ。パッと「昨晩」って言うんです。祖父もしょっちゅうそのことを言ってました。パッと斬りかけたら鍋のフタをとってハッシと受ける塚原木ト伝流でないといけない(笑)。

 ……なんというか、なかなか難儀な祖父と母でありますね。露伴についてはさらにこんな風にも書いてあります。

 どこかつむじが曲がっていて、食えないと言えばこのぐらい食えないじいさんもいなかったです。とにかくすごい磁場をもってる人で、その中に入ると、バリバリッと感電するような目に会うんです。

 ……うーん、なんといっても天下の「文豪」ですからねぇ。
 「文豪」といわれるのにふさわしい人物を明治以降の文学者で指を折っていくと、漱石、鴎外ときてその次くらいの方でしょう。そして次4番目を指折るまでに一定の間隔があくような、圧倒的に他から抜きんでた一連の「文豪」です。
 やはり普通の方ではないですよねぇ。

 そんな「文豪」の驚き話が、本書にはいっぱい書かれてありました。
 ただ言わずもがなのことかも知れませんが、娘の幸田文にも孫の青木玉にも、心の深いところには溢れるばかりの露伴(父親または祖父)への「リスペクト」があることは、本書の内容から十分に共感されるものであります。


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芥川賞ゴシップ

『芥川賞の偏差値』小谷野敦(二見書房)

 私が以前よりぶらぶらと読んでいる「文学」周辺話の一冊であります。
 内容はタイトル通りのものなのですが、おそらくタイトルから想像するよりは、はるかに文壇ゴシップ、芥川賞ゴシップの書かれた本になっています。

 まず、偏差値という数字で各芥川賞作品を評価しているのですが、その評価の基準については、筆者は完全に居直っています。「まえがき」にこう書いてあります。

 なお、お前の判断基準は何なのだ、と問われるかもしれない。かねて言っている通り、文学にせよ音楽、美術、演劇にせよ、普遍的で科学的なよしあしの判断というのはできない。ただ多くの古典的なものや批評を自分で読んだりして、自己の責任で判断するものだ。もちろんその際に、さまざまな批評用語(これは「批評理論」のことではない)を用いて弁論するのは当然のことだ。

 まー、この文章の言っている基本的な論理については、一応私も納得できます。そんなものだという思いを私も持っています。ただ終わりの方に書いてある「批評用語」というものの本書での実践が、あまりに弱いというかしょぼいというかユニークというか、まぁそんな感じであります。

 第一、自分で書いた偏差値の値について(それが高くても低くても)、なぜそうなのかをそもそもほとんど「弁論」していない章が少なくありません。
 例えばこれは吉行理恵の『小さな貴婦人』を論じた章ですが、偏差値は「36」となっています。が、こんな感じで始まっています。

 大学で、教授の息子や娘が大学院へ入ってきたら、その親である教授は論文審査では欠席するのが普通である。高橋源一郎の前の妻が文藝賞の最終選考になった時も、高橋は選考会を欠席した。しかし吉行理恵については、この前に候補になった時、兄の淳之介は棄権の態だったが、欠席はしなかったようだ。あまり騒がれなかったのは、当時、世間が芥川賞にあまり関心がなかったからだろう。

 ここまででこの章の冒頭から4行です。以下この章はあと10行続くのですが、そこには吉行理恵の話も『小さな貴婦人』の話も全くありません。
 まー、上記引用部からでも批評は微妙に読みとれないわけではないですが、それだけで偏差値「36」の弁論とするのは、あまりといえばあまりに乱暴じゃないですかね。

 そんな本でした。ただ冒頭でも触れましたが、芥川賞ゴシップはいっぱい書いてあります。けっこう面白い話が。


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心なごむ懐かしさ

  『中島らもエッセイ・コレクション』中島らも(ちくま文庫)

 たまたま最近続けて図書カードを貰うことがあり、あれは基本的に本屋以外では使いようがないんですよね。
 わたくしは、ここ数年(十数年?)新刊書を扱っている本屋にはあまり行かなかったのですが(だって、近所の新刊書の本屋がどんどん潰れていったものですから)、久しぶりにダラダラと何度か本屋に行きました。

 貰った図書カードなので、普段ならまず買わないだろうなと思う本(自腹の時は、「欲しいけれど、うーん、高いなー」と思う本)を何冊か買って、そしてさらに本屋の中をぶらぶらしていた時に見つけたのが冒頭の文庫本です。

 後書きに書いてあるのですが、中島らもが突然の事故で(しかし生活習慣としては一貫して酒のせいでともいえる形で)亡くなってもう十年以上になるのだなぁと少し感慨を持ちました。

 かつて私は、かなり中島らものエッセイを読んでいました。筆者のエッセイはとっても面白かったです。それに比べると、小説については私はさほど良質な読者じゃなかったことを自認します。もちろん何冊かは読みましたが、どうもかっちりとはそれにはまらなかったです。

 思うに(本当に私が勝手に思っているだけなんですが)、この方はかなり頭の良い人で、併せて読書家ゆえの博覧強記さがあって、しかし小説の実作者としてはそれが想像力を「天翔ける」ところにまで持っていくことを少し邪魔をしたように感じました。なんか、理に落ちたような思いが少なからず残りました。(もちろん知識の集積が想像力をキックするタイプの小説家もいるでしょうが。)
 とにかくわたくし的には少なくない長編小説が、後半失速するように感じました。(私の読み損ないのせいもありましょうが。)

 ところがエッセイの場合は、上記の私の違和感の原因がそのまま魅力の源泉になるように思えます。そしてその頭の良さや博覧強記さを導いているとでも言えそうな「嗜好の方向性」が、私にとってらもエッセイの魅力の中心でした。

 本書においては筆者自身が、「今の自分の中核にあるもの」として「低俗ではなくて反俗、高まいさを求めるのではなくてエンターテインメントを、ヒューマニズムよりはニヒリズムを、涙よりは笑いを」という風に述べています。

 以前何かの本に、どんな人なら親友になれるかという条件の中でもっとも本質的なものは「羞恥心の方向性」ではないか、という文章を読んだことがあります。
 なるほど、何に喜ぶかということも友人を選ぶ際には大切なことでしょうが、何に恥ずかしがるかが大きく隔たった人とずっといる状態というのは、確かに心なごまない気がすると思います。

 エッセイにおいてもそれと同じなのかどうか少々分からないところもありますが、久しぶりに「らも話し」を読んで私は、古い友人と懐かしい心なごむ話をしたような気がしました。


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