「夏目鏡子悪妻説」異聞(前編)

 『漱石の長襦袢』半藤末利子(文春文庫)

 漱石生誕150周年「極私的漱石まつり」第2弾として、前回は漱石の妻をモデルにした小説を読みましたが、今回は漱石の孫娘(といっても1935年生まれの方です)の随筆を読んでみました。

 ……いやぁ、なかなか面白かったです。
 どこがどう面白かったかといいますと、……えーっと、遡りますれば「夏目鏡子悪妻説」がその発端でしょうが、さらに個人的なことを考えますと、私は今まで直接「夏目鏡子悪妻」を説いた文章を読んだことが多分ありません。もちろんそんな説があることは、よく読んだり聞いたりしていましたが。

 というのは、私はかつて夏目漱石についての評論めいた文章を読み始めた頃に、江藤淳の『夏目漱石』を読みました。そしてたいそう感心し、二つのことを学びました。これです。

 1.夏目漱石は、様々な人間的欠点をたくさん持った作家であった。
 2.夏目漱石の弟子の書いた漱石評伝の類は、客観性にかなり問題がある。


 こんなことを私は漱石体験の比較的初期に学んだので、漱石の弟子たち(特に古参の弟子たち)の漱石関係文章はほぼ読まず、つまり「鏡子悪妻説」の言い出しっぺの一人小宮豊隆あたりの「鏡子悪妻説」の原典には触れたことがなかったわけです。

 ということで、私は今までぼんやり「鏡子悪妻説」というものがあったことを知っているだけでした。さらに現代の文学研究において上記の江藤番号1番は、様々な論証研究の結果ほぼ定説となっていますので、やはりかつてそんな悪妻女房説があったよなー程度にしか考えてなかったわけです。

 ところが今回本書を読んで一番面白かったのは、漱石・鏡子の長女筆子の四女である筆者(とたぶん一族)にとって、「鏡子悪妻説」がいかに許しがたい悪意の塊であって、その汚名の恨みは決して簡単に忘れられるものではないということを知ったことでした。
 それはとてもスリリングな読書であり、わたくしはこの件について、大いに認識を新たにしました。

 例えばこんなことが書いてあるんですが……というところで、……うーん、次回に続きます。
 とにかく、とっても面白かったんですから。


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作業する 腕赤銅の 秋暑し

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 家の近くでマンション工事をしていました。
 この残暑の中で、
 なかなか、大変ですねぇ。
                     秀水


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「歴史」と「歴史小説」の間で

    『漱石の妻』鳥越碧(講談社)

 まず、こういう小説は「歴史小説」というのですかね。
 わりと小説が好きで、まーまーの数の小説を読んでいるつもりですが、「歴史小説」には(そういえば「時代小説」というのもありますね。「歴史小説」と「時代小説」はまたどう違うのでしょうか)、さほど興味がないせいで、分からないことが幾つかあります。

 あ、そうだ。これは歴史小説と関係があるのか、まぁ、少しはかすっていると思うのですが、『小説・だれそれ』というタイトルの小説も、わたくしは意味が分かりません。

 そもそもそんな本がたくさんあるのかどうかもよく知らないのですが、今思い出した範囲で言うと『小説・永井荷風』という作品を、佐藤春夫が書いていたのじゃなかったかしら。でも私はそれも読んでないので、だから『小説・○○○○』という一連の作品群の「立ち位置」が分からないのかも知れませんが。

 ……えーっと、この件に深入りしてしまうとちょっと取り止めがなくなりそうなので、やめます。「歴史小説」に戻ります。「歴史」と「歴史小説」の違いについてです。

 とりあえず私が今のところわりと納得している「歴史」と「歴史小説」の違いは、
(1)「歴史」は事実を書く。
(2)「歴史小説」は事実と、事実かも知れないと推測できるものを書く。

 こんな感じでしょうか。一応納得できそうな感じはしますよね。でも具体的に当たっていくと「事実」と「事実かも知れないと推測できるもの」の差異は、限りなくグラデーションです。なかなかすぱっと割り切れるものではありません。

 さてこの度本書を読みながら、わたくしはこの定義めいたものの実践的な姿を考えていました。そして思い当たったのは、「説得力」ということでした。

 なぜ「説得力」なのかというと、「歴史小説」はむしろ事実であることを重視しない形のものだからです。その場での我々の興味の対象は、事実か否かではなくて、例え事実であっても説得力のない事実は小説内では認められないということです。

 なるほどねー。
 それは言い換えれば結局、「そーだよねー」とか「わかるわかる」が多くなければ小説は楽しめない、ということでありましょうか。なんだ、こうまとめてしまうと、ごく初歩的な小説論ではないかとも思いつつ、……では、本作を読んでいて、それはどうだったのか。

 いえ、とても面白かったです、本当に。
 ただ、上記にも触れました「説得力」が、どんな読者を対象としての「説得力」かということも考えると、そこに少々「ホームドラマ」重視的読者層が浮かび上がってくるようで、なるほどそうであったのか、(もちろんそれは作品のよしあしということではありません。想定すべき様々な読者層は、ほぼすべての出版物に存在するはずでありましょう。)ではそのように読めばよいのだな、と。

 ただ、「漱石の妻」を主人公に持って来るというのは、そこに作者の最大のオリジナリティがあるとはいえ、小説に仕上げるにはなかなか難しそうな感じがしました。

 だって、ここだけのこっそり私見ですが、わたくし漱石はフェイヴァレット作家ではありますが、そもそも彼は人間的に弱い部分もたくさん持っていた方のように思え、その一つの女性差別と学識教養差別は骨絡みであったように思います。
 ……でも一方で、そんな自分を客観的に見る眼も、漱石は持っていたようですが。


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