漱石の『こころ』と、お墓のお話し

  『「漱石」の御利益』長山靖生(ベスト新書)

 さて、この作者はどんな方か僕は知らなかったのですが、歯医者さんだそうです。その傍ら、文芸評論なんかを書いているという、なかなか多芸な方ですね。

 はじめは、変なタイトルのように、ちょっとショボイ書きぶりでした。いえ、ほとんど最後までそんな書きぶりだったと言っていいのですが、ただ、いろんな研究者の論文や研究書を上手にまとめてくれています。そこんところはなかなか便利でした。

 『こころ』について触れた個所で、僕が知らなかった「読み」(この作者の読みかどうかちょっとわかりません)が書かれていました。
 「墓地」と「ちゃぶ台」についてです。

 まず、墓地。
 墓地と言えば、Kが葬られている雑司ヶ谷の墓地です。ここのところ、『こころ』本文はこんな風になっています。

 私は彼の生前に雑司ヶ谷近辺をよく一緒に散歩したことがあります。Kは其処が大変気に入っていたのです。それで私は冗談半分に、そんなに好きなら死んだら此処へ埋めてやろうと約束した覚えがあるのです。私も今その約束通りKを雑司ヶ谷へ葬ったところで、どの位の功徳になるものかとは思いました。けれども私は私の生きている限り、Kの墓の前に跪いて月々私の懺悔を新たにしたかったのです。今まで構いつけなかったのKを、私が万事世話をしてきたというぎれもあったでしょう、Kの父も兄も私の言うことを聞いてくれました。

 生前万事世話をしてきたとはいえ、遺体の引き渡しを要求するというのはいかにも非常識であります。ここに見られる「先生」の姿には、死んだ後までもKを拘束しようとする禍々しささえ感じるような「変態的な」意志が見られます。

 ただ、そもそも、お墓とは制度としての「家」の表象であり本質でもあります。順当に行けば、この墓に作品最後に自殺をしたであろう「先生」も入ることになります。(さらには「先生」の奥さんも。)

 あるいは「先生」が企てたのは、新たな「家」、新たな血族関係を作ることであったのかというアプローチを、この本はしています。

 (ついでに、血縁でもない男女が同じ墓に入ろうという物語が、漱石にはもう一つありますね。そう、「あれ」ですね。)

 新しい「家」、新しい血族を作るというのは、ひょっとしたら、幸福とは言いかねる幼年時を送った漱石の、「夢」だったのかも知れません。

 えー、もう一つの「ちゃぶ台」の話を紹介しようと思ったのですが、なんだか疲れてきました。
 このエピソードも「新しい家族関係」に関するものです。とりあえず、これだけの紹介に留めておきます。(お気に召せば、ぜひ、ご自身でお読みください。)

 でも漱石って、本当にいろんな物を書き込んでいますね。改めて感心しました。

 最後に。上記の「あれ」、分かりましたか。そう、『坊っちゃん』。「清」と「坊ちゃん」ですね。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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