『いつも音楽があった』倉本聡

    『いつも音楽があった』倉本聡(文藝春秋)

 倉本氏は僕の好きな作家(放送作家)の一人ですが、ユーモアの間の取り方が、僕にとってはなんとも曰く言い難く素晴らしい。例えば、こんな話。

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   「露営の歌」
  勝ってくるぞと勇ましく
  誓って国を出たからは
  手柄立てずに死なれよか

 この歌を永いこと誤って歌っていた。
 即ち三節目の「手柄立てずに死なれよか」これをその当時幼い小生「手柄立てずに支那料理」と覚えていた。
 或る日父親と空襲の合間に、恐怖を紛らわすため防空壕の中で小声でこの歌を合唱してた時、突然父親が僕を見て云いました。
「お前今何て歌った」
「手柄立てずに支那料理」
「―――」
 柔道四段、腎臓病、クリスチャンであり俳人であった父は、しばし僕の顔を見つめていましたが、
「すると歌の意味はどうなるのか」
 僕は一瞬緊張しまして、
「まちがってるの?」
 表では遠くドーンドーンと高射砲の音が響いてくる。
「そんなことは訊いてない。お前流にはどういう解釈で手柄立てずに支那料理なのか」
「隊長さんが約束したのね」
「何て」
「手柄を立てたら腹いっぱいおいしい支那料理食べさしてやる」
 ドーン。ドーン。
「それで」
「あいにく手柄が立てられなかったの」
「それで」
「だけど隊長さんがいい人で、手柄は立てなかったけど支那料理食べさしてくれた」
「―――」
「それでもって明日はがんばろうと思った」
「―――」
 父はそれきり黙ってしまいました。
 食い物のない時代でありました。
 (以下略)

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 こんな文に出会うと僕は笑いが止まらなくなり、涙を流してのたうち回るのでありました。


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