「ここからレースは面白くなるのだがね」

 「……気付けば、この人生も残すところ三分の一。
  競馬ではこの位置を残り3ファロン(約600m)、競馬用語で「三分三厘」と言い、
  ここからレースは面白くなるのだがね。
  フフーン、だ。」


 さて上記の文章は、私の友人であり、詩人のI君のメールであります。
 あいかわらず、なかなかこしゃくなことを書いてきています。

 「気付けば、この人生も残すところ三分の一」

 まぁ、その通りなんですよねー。
 このすでに終わった三分の二の人生、私は一体何をしてきたんでしょうかね。
 そして、本当にここからレースは面白くなるんでしょうか。

 ……、いや実際、ここからレースが面白くなりそうな予感は、ないわけではないですよね。

 たぶん20代前半くらいの時に読んだ詩の本(著者名を失念。詩人の山本太郎だったかと思うのですが)で、「若い日々はすべからく老いて後の準備のために使われねばならない」という主旨の文章を読んだ記憶があります。

 その時はなんだかよく分からず、もちろんそのようにも言えるのだろうが、そんなことに何の意味があるのだ、くらいの理解をしていたと思います。しかし、いまだにそのことを憶えていると言うことは、やはりこのフレーズに、何か心のどこかに引っかかるものを感じていたのかも知れません。
 それが何であったのか、今でもよく分かりませんが、そのような準備の必要をいよいよ強く感じる昨今になって(それでは遅いのかも知れませんが)、とにかくこの言葉の本当の意味の理解はともかく、とてもしっくり感じるようになったことは間違いありません。
 
 「ここからレースは面白くなるのだがね」

 これも今は昔、『カムイ伝』などで有名な白土三平の忍者漫画に、『大摩のガロ』だったか、そんな漫画がありました。
 「大摩のガロ」は「抜忍」なんですね。だからかつて所属した忍者組織から命を狙われて逃げ続けています。
 ところがある日ひょんなことから、貧農の少年を陰ながら助けることになり、少年から「神様がしてくれただ」なんて思われるわけです。で、なんとなくその後も、少年の暮らしを忍者の技術でもって助け続けます。
 そんなボランティア的な日々に何となく心躍らせるものを感じつつ、しかし最後は組織からの刺客と差し違えて死ぬわけですが、死ぬ前に「ワシの人生も最後になって面白くなった」みたいなことをつぶやいて、ばったりと倒れるという、まぁ、そんな漫画なんですね。

 ……うーん。
 再掲。

 「ここからレースは面白くなるのだがね」

 参考までに、かつて昔、全共闘的な若者にかなりカルトな人気を誇っていた漫画雑誌『ガロ』の題名は、この漫画から取られたそうであります。


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テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

コメント

Re: ありがとうございます

 お夕さん、コメント有り難うございます。

 「ここからレースは面白くなるのだがね」
 というのは、なかなか楽しそうな考え方ですよね。
 まだまだいろんなことに頑張れそうだと思いますね。

 がんばりましょう。

ありがとうございます

秀水さま、こんにちは。

いいお話をありがとうございます。

>>「ここからレースは面白くなるのだがね」
なんだか力がわいてきました。
レースを面白くするためにも、足腰を鍛えておかねば……と思います。
残り三分の一で、レースの善し悪しが決まるような感じです。
スタートダッシュで出遅れてもいいわけですね。

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