はやりの村上春樹を、わざと少しずらして読んでみました。(前半)

  『グレート・ギャツビー』スコット・フィッツジェラルド(中央公論新社)

 根がひねくれ者でありましてー、今、流行り、とかのものに背を向けてしまいます。(つまらない性癖ですね、われながら。)
 今、話題の村上春樹ですが、わざと少し外して読書しています。でもこの本も、出版された当初は少し話題になったんですよね。

 そんな村上春樹版の『グレート・ギャッビー』です。以前野崎孝の訳で読んだのはいつ頃だったかよく思い出せませんが、とにかくかなり昔です。
 かすかに残る記憶では、前半があまり面白くなくて、後半から終盤が結構面白かったようなイメージがあるんですが、今回、村上訳を読んで、はっきり言って、前回より面白くなかったように感じました。

 その理由の一つはおそらく僕が年を取って、興味を持つものの方向が変化してきたからだと思います。これについては如何ともしがたい。

 それともう一つ、村上春樹があとがきで、この小説を絶賛しつつ(とんでもないような高評価です)、我が人生で出会ったもっとも重要な本のベスト1に挙げ、さらにこんな表現があります。

  ……僕がそういう発言をすると、困った顔をする人が多いことも確かである。「『グレート・ギャツビー』って読みましたけど、あれって村上さんが言うように、そんなにすごい作品なんですかね?」と口にする人も少なからずいる。僕にはそれがよくわからない。ちょっと待って下さい。『グレート・ギャツビー』がすごい作品じゃなくて、ほかの何がいったい「すごい作品」なんですか……、とつい詰め寄りたくもなってくる。

 しかし、村上氏のこの表現にかかわらず、僕はこの作品の評価について、それほど一般性がある評価とは思えません。(もっとも文学作品にとって一般性ある評価とは何かという問題はありますが。)

 えー、もう少し長くなりそうなので、次回に続きます。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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