二階建て音楽の百年

   『音楽ちらりちくり』服部公一(新潮文庫)

 例によって、大型古書店105円本であります。
 奥付を見ますと、昭和59年発行とありますから、それだけで充分古いですが、元々の内容はどうも僕が二十歳の頃の朝日新聞コラムであるようです。となるとこれはかなり古い。
 でも結構いろんな面白いことが書いてありました。

 例えば「二階建て音楽の百年」という小文は、学校教育の中の音楽教育、いわゆる音楽の時間のことが書かれてありまして、確かに僕自身の小学校中学校時代(高校は選択授業で美術を取りました)の音楽教育もこんなだったなと思い出すことしきりでした。

 タイトルからも想像できましょうが、要するに日本の音楽教育が、わが国の伝統音楽(民謡・演歌等を含む)と西洋音楽との間で完全に相関を失っているという内容です。
こんな風に書いてあります。

 「日本の伝統音楽の流れの中にある小唄や演歌を上手に歌うということが音楽的な能力の評価につながらない、また、これらの人が自ら音痴と名乗り、歌は歌えないと称する、そして、この種の歌の上手、下手は学校の音楽の成績とは全く関わりがない---これは日本以外には通用しにくい論理であり、日本特有の社会現象である。」

 この問題の根元は「西洋音楽の日本への上陸の仕方」にあるとして、それを「猿まね制度」であり音楽に「上等」「下等」を作ってしまったと多くの弊害の実態を挙げ、そしてその状況のことを章題のように「二階建て」と説いています。

 しかし最後には、そんな音楽的状況に柔軟に対応していく日本人(児童・学生)に感心を表し、さらに、「われわれが自由に楽しく、音楽を、歌を楽しむことができるようになるにはまだ少し時間が必要だと考えることもできるし、二階建てをそのまま楽しむような雑食性こそ、日本の特徴であると考えた方がよいのかも知れぬ。」と括っています。

 さて、ここに挙げられた「少しの時間」を、現在はすでに取り得たのでしょうか。
 「少し」のうちのだいぶんがすでに取り得たようにも思えるし、状況は旧のままであるとも思えます。
 しかしどちらにしても、音楽というものを考えるとき、こんな楽天性は大いに現実的な気がします。
 少なくとも、昨今の世界情勢の悲観的にならざるを得ないような現状とは比すべくもなく。


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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

コメント

Re: No title

 南亭さん、いつもいつも丁寧なコメントありがとうございます。
 しかし、「一分の破たんもない組み立て」とは、ほとんど「ほめ殺し」でござりましょう、と。
 当方、へどもどしながら毎回書いておりますのは、本人が何より存知あげておりますゆえ。
 南亭さんのブログこそ、縦横無尽の幅広い興味対象に、柔軟な文章と写真、そして見事なあの点画と、惚れ惚れするような内容になっていらっしゃいますね。

 …と、お互い褒めあうっていうのも、なかなか楽しいものですねー。
 いえ、お互い切磋琢磨しながら、がんばりましょう。

No title

こんばんは。
うーむ。このような一冊から、現在の問題を提起してゆく考察と論理。
一分の破たんもない組み立ては、さすが秀水先生。
その揺るぎの無い論法は、多くの文学、評論、哲学書を読破することによって培われたのでしょうね。
言語で伝えるという努力を怠ってきた報いですが、もう遅いです。
天声人語と、秀水人語を参考に努力するのみです。
今後ともよろしくお願いいたします。
(論理へのコンプレックス甚だしいもので、苦しんでいます。すみません)。

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