クラシック批評「言ったモン勝ち」!?・その1

『クラシック批評こてんぱん』鈴木淳史(洋泉社新書)

 数年前から西洋クラシック音楽鑑賞を再開しまして、平行して、それに関する本などもちらほらと読むようになったのですが、もちろん中にはストンと納得できる本もあるのですが、読んでもなんだかよーわからんという本がとても多く、これは僕のクラシック音楽の鑑賞力・理解力が低いせいであろうとは思いつつも、いや、どーも違うな、何かか、どこかが違うなと思い続けていました。

 で、そんな時に出会ったのが上記の本でした。
 例えばこんな文。

 「ヴァントの導き出すのはたとえようもなくゆっくり、ゆるやかな流れ。舞う指先は、「音楽」をそうっと包みあげ、手のひらからふわふわと解き放つみたい。オーケストラが音を出す人々の集団ではなく「音楽」そのもので、それがシューベルトの「音楽」そのもので、つまり何もかもがすっかり「音楽」。むろんヴァントという存在自体も。静かに寄せては返す歌の波の合間からチェロのピチカートがこぼれてくる時なんて、天空からの神様の涙みたいだった。」(丘山万里子『ブリーズ』2000年)

 何というか、これはかなり極端な例文としてあげられていたものですが、確かに「音楽批評」、いえ正確には「演奏批評」ですか、その「演奏批評」のなかにはこんなのに類する文章が山ほどありますね。

 しかしこれはなんですかね。何を言っているのかさっぱり分かりませんね。
 しかし恐ろしいことに「演奏批評」の「業界」は、このような文章を書くことにひたすら血道を上げてきたと、作者は言っているんですよねー。

 なかなか面白い本なので、次回に続きます。


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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

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