クラシック批評「言ったモン勝ち」!?・その2

  『クラシック批評こてんぱん』鈴木淳史(洋泉社新書)

 さて、前回から、冒頭の本の紹介をしていました。
 なかなか面白い本です。ちまたの「クラシック音楽批評」=「演奏批評」は、「わけわからん」の世界だと書いてあります。

 さて、この本は5つの章から成り立っていますが、僕はその中では、第3章の「日本音楽史私観」というサブタイトルの付いた章が一番面白かったです。

 ここには、前回引用した、何を言っているのかさっぱり分からないような文章が、なぜ「演奏批評」の主流になってしまったのかの歴史についての私見が書かれています。
 その流れの把握はなかなか説得力があってとても面白かったのですが、以下にそれを、少々乱暴を承知で、私なりにまとめてみますね。

 (1)まず始めはこの問いかけでしょうね、やはり。根源はここですよねー。つまり、

    「音楽を言葉で明確に表すことは不可能ではないか。」

 (2)この問いかけを克服すべく、「感覚」と「理論」のどちらかを重視して「音楽批評」をするべしという二つの流派が現れる。

 (3)「感覚派」は、言ったもん勝ちで、その根拠の曖昧さがいかんともしがたく、説得力に大いに欠けてしまった。

 (4)一方「理論派」は、音楽学に基づいて理論を展開しようとするものの、「鯛の旨味を味わうのに、鯛という魚を科学的に分析しても仕方ない」(これは文中に出てくる谷崎潤一郎の『文章読本』の一節)という結果を生み、音楽批評全体の盛り下がり状況を産んでしまった。

 そして(5)混乱の現在に、怒濤のように至る。

 と、まぁ、こんなものですかね。やれやれ。
 うんざりしつつ、次回に続きます。


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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

コメント

Re: No title

 南亭さん、いつも丁寧なコメントありがとうございます。

 この本の筆者の鈴木淳史と言う方は、この様な本も含め、何冊かのクラシック音楽批評を書いていらっしゃる方ですが、なかなか面白いと僕は思っています。

 しかし、様々なジャンルの芸術を言語で批評するというのは、まー、第一次産業に対する第二次産業みたいなもので、「相身互い」ですよね。
 あまりこだわらないのが一等いいんでしょうねー。

No title

とても面白そうです。
小生のように厚顔にも音楽、映画、舞踊、味覚などを、
いいかげんに流している身としては、多分ふとんをかぶってしまいたいほど、
「恥を知れ!」が満載の本だと思います。
そういう意味で読みたいような、読みたくないような(苦笑)。
しかし、ど素人のたわごとだから、まっいいか(笑)。

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