困難な時代を生き抜くための想像力

  『生きづらい〈私〉たち』香山リカ(講談社現代新書)

 この本は、内容としてはなかなか「大変」な内容のものでした。
 以前よりいろんな所で同種の言説は聞いたことがありますが、要するに
  日本の若者が壊れ始めている
というものであります。

 「日本の」と書きましたが、さすがにアメリカは「先進国」でありまして、若者の壊れ方についても約10年先んじていると言うことでした。えらいものですね。

 もう少し具体的に言いますと
  (1)「解離」
  (2)生死の境目の曖昧さ

でありましょうか。

 「解離」というのは、「多重人格」というのが一昔ほど前に流行ったことがありましたが、あれがさらに進んでいる(あるいは一般化している)状態をいうんですね。
 「意識」がすぐに途切れる訳です。スイッチのオン・オフとほぼ同様のレベルで、意識が入ったり切れたりする症例が多くあげられています。そして、「どれが自分なのか分からない」「自分がバラバラ」という不安。
 うーん、これって、どういうんですかね。とにかくこの分析が一つ書かれてあります。

 もうひとつの「生死の境目の曖昧さ」というのは、「くじびきの自殺」という言葉でも説明してありました。
 死んでもおかしくない状況にまで自分を持っていき(リストカット、クスリ)、「くじ引き」のように偶然の結果に自らの生死をゆだねる、というものです。うーん、これも、なんなんでしょうかねー。

 でもね、僕はこれを読みながらずっと、頭の中では「太宰治」の名前が響いていたんですね。実際、いろんな症例が書かれてありましたが、はっきり言って、太宰の小説から遙か推し量れないといった感じのものはなかったように思いました。
 しかし一方、だからまー、こんなのは一過性の「麻疹」みたいなものだとも思えませんでした。

 ただ、強く感じたことは、「恐るべき想像力の貧困」であります。
 かつて1970年代、大江健三郎は、現代を生き抜く武器としての「想像力」を説いたことがありました。あれは今考えれば、「文学」が「政治」と差し違えるための武器というような意味ではなかったかと思うのですが、現代は、個体が、その致命的な貧困故に滅びかかっているような気がします。

 では、「想像力」って、さてどのようにすれば身に付くんでしょうか。
 改めて考えてみると、僕はよくわかりません。
 なかなか困ってしまう本でありました。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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