君子は先憂後楽す?

  『鶴屋南北』郡司正勝(中公新書)

 この本の中に、南北の生きた時代を、まずこんな風にまとめてありました。

 「おぞましい怪奇残虐の趣向が、敵討ちという徳川時代の儒教の大義名分の倫理に支えられた美徳な行動としての世界の中にはめ込まれている二重構造こそが、当時の美学である。」

 なかなか上手なまとめ方ですね。よくわかります。
 これが、特に南北の晩年に限ったまとめになると、この様になります。ちょうど南北が『四谷怪談』を執筆し、上演された頃であります。

 「人間性が熟れて、爽やかな道義を失い、漂うような泥流の闇となる。正直者は存在の影が薄く、欲望の燃えさかる者は悪の道へ走るしかない。忠義は生きてゆくための標榜でしか過ぎなく、金ですべての欲望は購える。女は身を売るしかなく、愛や信頼は裏切られるために存在し、逞しく死して復讐を遂げる亡霊が、最後に残された人間性を表出している。」

 具体的に時代を書けば、これは文政8年前後の時流のまとめなんですが、うーん、爛れてますねー。
 しかしよく考えてみますと、これもその時代に特定した上手なまとめの一文だと思う一方、なんかまぁ、結構どんな時代のまとめとしても当てはまりそうな気もします。

 それはつまり、人間という者が本質的にいっこうに進歩しないからでしょうね。
 それは、21世紀もしかり。いや今まで以上に、欲望の生み出すものが肥大化した分だけ、とんでもない状況は拡大しているのではないでしょうか。

 シンドイ話になってきましたねー。
 どーも、あきませんなー。

 「大丈夫、もー、大丈夫。なーんにも心配することはありません。どーんと、大船に乗った気持ちでいなさい。もー、だいじょーぶです。」
って、誰か言ってくれませんかね。

 君子は先憂後楽すとはいえ、そんなものでもないでしょうから。(第一、誰が君子なんでしょ。)
 いや、困ったモンです。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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