さて最近の私は……

 さて最近の私は何をしているかというと、相変わらずぼーっとした日々を送っているのであります。
 しかし、一つ反省したことがありました。先日こんな本を読んだことが切っ掛けです。

  『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』遙洋子(ちくま文庫)

 この本は少し前にはやった本なんですね。僕の読んだのは文庫なんですが、新刊書としては2000年1月に出たそうで、20万部も売れたそうです。
 ベストセラーとか沢山売れた本にはつまらない本も非常に多いですが、たまに「へー、こんな本が20万部も売れたなんて、捨てたものでもないよなー」と思う、そんな「いい本」です。

 内容的には、著者が東大で「フェミニズム社会学」の講義を受けたことについてのエッセイといった形なんですが、よい点が二つあります(もちろん僕のバイアスの掛かった見方ですが)。
 一つは、真剣に勉強することの素晴らしさを説いていること。そして、読者に学ぶ意欲を啓蒙していることです。

 実際のところなまじエライ人ほど、こういった啓蒙は難しいところがあります。東大を頂点とした学歴社会のヒエラルキーを批判する著者の出身大学が東大であったなどと言う、シャレにもならない状況が多々見られる現状です。

 壊れかけているとはいえ、まだまだ学歴社会のこの国で、学問・勉強の素晴らしさを正面から説くことは、ともすれば自慢話か利益誘導話になってしまいかねない危うさがあり、事実ここ最近の教育に関する言説には、その後ろに「勝ち組」の尻馬にわれも乗りたしといいかねない卑しさが、多く透けて見えます。

 もう一つは、これは我が不勉強ぶりを暴露するに過ぎないのですが、文中に「フェミニズム社会学」の文献の一部が、結構沢山引用されており、そんな学問的な本から隔たって幾久しい私にとっては、なかなかこれもまた大いに触発されるものでありました。例えば、こんな文。

 「パラダイムは当事者の経験を構成する世界観の根底をなしており、「説得」や「論破」によって取り替えることができるようなものではない。」(「わたしのメタ社会学」上野千鶴子)

 「個人は社会が要求する同調や参加から一歩距離をおいて、自己の責任において判断する秘密の時間、あるいは自由な時間を保持していかなければならない。この秘密な時間、自由な時間は、(中略)自己自身による判断を生み出す拠点となるという点で、能動的な態度決定を持ちうるための不可欠な条件なのである。」(山之内靖『方法的序論』)


 こんな文章って久しぶりに読むとなんかとっても新鮮な気がして、「うーん、学問はすばらしい」と思ってしまう私の頭は、めちゃめちゃ単純とはわかりつつも、なんとなく、よし頑張ろうと思ってしまうのでした。

 というわけで私は、即座にそれまでの怠惰な私自身を激しく自己批判し、反省しきりではありましたが、……いえ、あったんですが……確かにあったんですけどねー、……えー、冒頭に戻る、と。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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