作者の視点の慈悲深いまでの暖かさ

  『麻雀小説自選集』阿佐田哲也(文春文庫)

 ブックオフで105円で、見つけた時、一瞬怯みましたね。
 何を怯んだのかというと、この本の圧倒的な厚みであります。3㎝くらいあります。ページで言うと、740ページほどです。で、105円。
 まー、普通考えると、「買い」ですよね。たとえそこに収録されてある小説を、かつてはすべて一度は読んでいたとしても、です。

 いやー、いかにも懐かしかったですね。
 たぶん僕の大学時代後半の頃ですか、角川文庫がドッとこの作者の麻雀エンタティンメントを刊行し始めました。かなり売れたのだろうと思いますが、僕も出る端から買って読みました。とっても面白かった。

 今考えれば、これは山田風太郎の忍法帖シリーズととてもよく似た所があると思います。ただ僕にとって忍法帖シリーズは、やや殺伐さにすぎる読後感を持つことが多く、山田風太郎ファンでありながらも、そんなにたくさんは読んでいません。

 阿佐田哲也の麻雀エンタティンメントでいえば、ちょうど『麻雀放浪記』が長編という形でそれに対応するように思います。上下二冊の第一部は、僕は楽しく読みました(何度か再読もしました)が、二部以降は、上記忍法帖とほぼ同理由で、ちょっとつらかった。

 今回の文庫本は、その『麻雀放浪記』第一部「青春篇」が丸ごと入って、ちょうど全ページの半分くらい。残りの半分は、「雀豪」を描く短編小説集であります。

 この短篇集の部分が、上記の表現で言う「殺伐さ」がどろどろのところまで行っておらず、そのかわりと言っては何ですが、作品の展開のおもしろさが非常にわかりやすい形で描かれていて、第一級の娯楽作品として楽しく読めました、再読三読ではあっても。

 特に今回、久々に読んで大いに感心したのは、実はタイトルのうまさについてまず強く感じたのですが、要するに、作者の視点の慈悲深いまでの暖かさであります。

 これはおそらく、ポエジーという域にまで達しているのではないかと思います。
 こういった展開からはみ出してくる要素は、いわゆる作者の人間性みたいなものに絡まってくるもので、阿佐田哲也=色川武大が死んだ時、山田風太郎が、「孤独な世界を描く比類のない才能」として「壊れた頭を書く、壊れない頭」と、その死を惜しんだのは宜なるかなと思います。

 さて、かつて我が家にずらりとあったはずの、阿佐田哲也麻雀エンタティンメント文庫は、今は一冊もありません。いったいどこへ行っちゃったんでしょうかねー。
 本を整理する時、いろいろ考えて捨てる本と置いておく本と分けたはずですが、そういった時の判断って、時がたって確認すると、ほとんど見事に呆れるほど「ハズレ」としか言いようのない状態であるって、そんなことありません?
 うーん、僕だけなんでしょうかねー。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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