「至福」のひとときの味わい

  『モノ書きピアニストはお尻が痛い』青柳いづみこ(文春文庫)

 クラシック関係の音楽本を読むのが好きです。
 といっても、所詮素人なもので、五線譜が中心になっているような本は駄目です。お手上げ。
 だから正確に言うと、「クラシック音楽ゴシップ本」くらいのものでありましょうか。具体的には、文庫と新書。

 結構あるんですよね、「クラシック音楽ゴシップ本」。
 ファン、というよりはあれはマニアですかね。そんな「オーバー素人」(?)の書いたものから、演奏家・音楽家、そして音楽評論家などのわりと学術的っぽい本まで、ほんとうにたくさん出版されています。
 (中に音楽の「ソフト面」からではなくて、「ハード面」つまり、オーディオ系から入ってきている方の本もあって、これはこれで結構面白いです。)
 そんな本をぽつぽつと、見つける端から買っていきましたら、いつの間にか百冊近くになっていました。

 で、そんな「クラシック音楽ゴシップ本」のうちの最近のマイブームが、この筆者であります。
 少し前に、『のだめカンタービレ』がらみの新書を読んだ時は、さほど熱中するほど面白いとは思わなかったんですが、この本はとても面白かったです。
 ちょっと調べてみると、この筆者の著書が、ほかにも文庫本であれこれ出版されているではありませんか。

 ということで、現在は青柳氏の次の文庫本を手に入れ、もっぱら眠る前に少しずつ読んでいます。本当にリラックスする「至福」の読書であります。

 さて、冒頭の本書ですが、取り上げ始めると切りがないくらい楽しいエピソードに溢れているんですが、一つだけ紹介してみますね。

 ピアノというのは理屈ではなく、私たちは、たとえ腕をチョン切られたって、そのチョン切られた先に、きっとピアノの感触をおぼえている。ピアノには、たちのよくない習慣性の麻薬のようなところがあって、一度始めてしまうとなかなかやめられないのである。
 ピアノで困るのは、こうした生理的なしみつき方が、往々にして、私たちが作品を正しく解釈するさまたげになることである。


 音楽の「毒」については、以前よりたくさんの「幸福なる中毒患者」の様な方が書いていますが、この文章もピアニストの「業」について、とても上手に実感を描いています。
 また別の所には、こんな一文も。

 ピアノ演奏は、日々の精進がすべてだといわれる。一日休むと自分にわかり、二日休むと先生にわかり、三日休むと聴衆にわかる。

 人ごとながら、全く「因果」な商売でありますなー。
 しかし私は、この「幸福なる中毒患者」の、いかに「幸福」であるかの報告に、ジェラシーを少々感じつつも、「至福」のひとときを味わうのでありました。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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