不思議な「メタ小説」(?)

  『脳男』首藤瓜於(講談社文庫)

 えー、本作で、2000年度の江戸川乱歩賞受賞と解説にあります。
 はやいもので、もう十年以上前になりますね。
 だから、別に新しい小説ではありません。

 この本は大型古書店で、いつものように105円で買った本です。それから、私の机の上の本立てに長く立っておりました。
 机の上の本立て(中学生が技術家庭なんて教科の夏休みの宿題で作ったりするような本立てです)には50冊くらいの読んでない文庫本が、立っていたり横になっていたりしているんですね。困ったものです。

 今年に入って、まー年頭の目標ではありませんが、わりと読書三昧になったのは、この本立ての中身を少しずつ減らしていこうと思ったからで、やっと15冊ほど減って、少しは机の上の見通しが良くなりました。

 で、その一環として『脳男』も手に取ったのですが、読み終えてみると、なかなかいいなと言う感想。でも読書中は、私はもっと高い評価をしながら読んでいました、特に前半。

 考えてみれば、なんといってもまずタイトルがいいですよね。かなりのインパクトがあります。(私は文庫本しか知りませんが、文庫本の装丁も、なかなかタイトルと解け合っていいんじゃないですか。)

 そして上記に触れたように、作品全体の半分くらいまでですかね、前半はとっても良かったです。
 「へー、こんな作品が、こんなところに転がっていていいのか」
というくらいの好印象を読みながら持ちました。
 それはどういいんでしょうか、ちょっと考えてみますね。

 この作品は、一応ミステリーと呼ばれるジャンルにあるのだろうと思います。いえ、ジャンル分けそのものには、便宜上以上の意味があるとは思いません。
 例えば漱石の『こころ』は明らかに推理小説的構成であるし、ドストエフスキーの『罪と罰』にしても、同様。

 ただ、ミステリーと呼ばれるジャンルが、特に謎の設定に重心が置かれるタイプのジャンルであることは確かだと思います。そう考えたとき、この作品の(特に前半部)の持つ「謎」の設定には、いわゆる「メタ小説」的なものがあるように感じました。

 ストーリー上の謎と並んで、読者に対して、なぜこんな小説を読まねばならないのかという点の謎掛けがあるように感じたわけです。なんて言うか、読むほどにイライラさせる、読むほどに読むことに対するフラストレーションが生まれてくる、といった感じでしょうか。
 これは、作者の持ち味なんでしょうかね。だとすればなかなかに異様な、手練れな文章力だと思います。

 ところがさて、やっと作品全体の見通しが見えてくるあたりから、上述の不思議な魅力は、これまた不思議なことに徐々に失せていきます。
 そしてここから先は、要するにミステリーとしてのおもしろさになります。
 別にそれだけでいいではないかとも思いますが、しかし前半の「高揚感」とは比べるべくもありません。

 というわけで、読み終えてみると結局「なかなかいいな」に落ち着いてしまいましてー、どうもすみません。私としてはもっと誉めたかったんですがー。
 でも前半は、間違いなくとっても良かったです。
 そんな作品であります。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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