第二次産業も稔り豊かな漱石作品

  『漱石を読みなおす』小森陽一(ちくま新書)

 しかし実際、漱石関係の本というのは、私にとってはかなりの高い確率で面白いです。
 いろんなところで目に付いたらけっこう読んでいるつもりですが、はずれることがあまりないですね。これは以前から僕が思っているいわゆる、漱石作品の懐の深さゆえでしょうか。
 漱石の、いろんな読み方を可能にしてしまう、恐ろしいような深みにまで及ぶ書きぶりのせいなんでしょうね。

 (『源氏物語』について書かれてある本もそんな感じですよね。びっくりするようなことが書かれていたりしても、まー、そんな「読み」も一応ありかな、なんて思ってしまう懐の深さが、『源氏』にもあります。)

 例えばこの本には、『吾輩は猫である』冒頭の「吾輩」がどこで生まれたか記憶がなく、「薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけ」を覚えているという個所が、漱石の里子体験と重なっていると読んでいます。
 さらに「吾輩」の「兄弟」「母親」が姿を消してしまったという個所についても、漱石の実体験に重ねて読むことが可能であるとのことですが、うーん、これはちょっと、納得しがたいようにも思うんですが、いかがでしょうか。
 漱石の「里子体験」は、まー一応納得できるとしても、後者はちょっと牽強付会、ですよね。ここまで書いてしまうと「何でもあり」な気がしますね。

 とまぁ、こんな所もあるのですが、でもこの本も僕にとってははずれではないと思いました。わりと面白い、そんな本です。
 しかし、第二次産業もさることながら、やはり基本は第一次産業。またひとつ、漱石作品自身を直接読みなおしてみますかね。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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