しつこく人格と芸術について

  『モーツァルトとベートーヴェン』中川右介(青春新書)

 この本の中にこんな事が書いてあったんですが。
 ベートーヴェンが作品を持ってハイドンに会いに行きます。ハイドンはその作品を見て即座に「ウィーンに来て勉強する気があるならば、弟子として迎えよう」と言います。しかしこの師弟関係は、どうもあまりうまくいかなかったようでした、というところです。

 芸術家と教育者とは両立しない。両者は正反対だ。芸術家は自分中心だ。他人のことなどどうでもいい。そうでなければ偉大な芸術など、生まれない。しかし教育者はその逆で、生徒をいかに伸ばすかを考えなければならない。芸術家は下手な演奏、くだらない作品が我慢できない。教師は下手な演奏を聴くのが仕事だし、くだらない作品からいいものを見つけ出し、伸ばしてやるのが仕事だ。この二つは、まったく正反対の資質を必要とするのだ。

 とりあえず、「教育者」というのは、置いておきます。
 私が以前から心のどこかでずっと気になっていた事柄にヒットしたのは、「芸術家は自分中心だ。他人のことなどどうでもいい。」という部分であります。

 昔から、人格と芸術の関係が、まー、わりと気になっているんですね、わたくし。
 以前にもこのブログでも触れたことがあるような気がします。しつこいようですが、そもそもそんなしつこい性格なんです、わたくし。

 本件については、クラシック音楽の友人からも、批判というか非難というか、「ケーベツ」を受けております。
 しかしねー、これは、ちょっと極端な例示をすると、こういう事なんですね。

 「墨痕鮮やかに達筆で書いた『馬鹿』という書に、我々は感動できるか。」

 と、まー、こういうことだと思うんですがね、ちがうかな。
 あなた、感動、できます? いかがです?

 さて本書は、そんなことばかりが書いてある本ではありません。
 タイトル通り、モーツァルトとベートーヴェンについて書かれてあるのですが、彼らの経済生活とその時代の政治状況にかなり引きつけた記述がなされています。いわば、それがこの本の「眼目」です。

 この筆者の本は、音楽関係のものを何冊か読んだことがあるのですが、実はそんなに気合いの入った「キレ」のよいものであるわけではありません。ある友人は、「パッチ・ワーク」と、ひどいことを言いました。
 しかしそれなりに読むとよく纏まっていて、私はとっても面白かったですよ。
 特に本書は、18世紀から19世紀にかけて、フランス革命を中心とした西洋史の勉強にもなります。

 ところで、冒頭の案件ですが、最近やっとちょっとずつ感覚的に理解しつつあるんですが、つまり、ひょっとしたら、芸術家の中でも音楽分野の方はかなり違うのかも、ってことなんですがー……。


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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

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