「ツチヤ教授」と一緒にPISAテストを考える(その1)

  『ツチヤ学部長の弁明』土屋賢二(講談社文庫)

 前々回からの続きであります。
 ツチヤ教授の究極の理論性でもってPISAテストを考えてみようと、わたくし、考えたんですね。その顛末を少々。

 まずPISAテストというのは、15歳を対象にした国際テストでありまして、「社会に参加する上で必要な基礎的能力」をテストするものとなっています。具体的には「読解力」「数学」「理科」に関する能力の問題です。

 本書においては既にここまでで、ツチヤ教授がこのテストの基本的コンセプトに対して疑義を表明されています。確かに「社会に参加する上で必要な基礎的能力」という定義の「不可能性」は、私としても大いに納得できるところであります。

 と、書いたところで、実は私は、ツチヤ教授なら当然気づいている事柄(いえ、多くの良識ある人びとも気づいているであろう事柄)に、ここで初めて気づいてしまったんですね。
 それは一言で言えば、

 「人間の作るすべてのテストは、人間の能力のごく一部しか測定できない」

ということであります。

 そんなの、今さら当たり前、ですよねー。
 いえ、わたくし、マスコミなどの報道ぶりにちょっと基本的な判断能力を歪めてしまったみたいで、このテストに人々がきわめて重要な意味を持たせていると思ってしまったものですから。

 そんなこと、ないんですよね。
 人々は、このテストが測定する人間の能力なんて、きわめて一部のものにすぎないと、十分理解なさっているんですよね。

 ……、という風に考えると、以下の内容が一気に何か「大人げない」ように思えてきて、ちょっと書き続ける意欲を失いつつあるんですがー。
 まー、せっかくですから、具体的な設問をひとつだけ紹介してみますね。数学の問題です。

 「次の図形のうち最も面積が大きいのはどれですか。その理由も説明してください。」

img026.jpg

 えー、回答は、また続きに。
 よろしければ、お考えおきください。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

コメント

Re: No title

 フランス組曲さん、丁寧なコメントどうもありがとうございます。
 私は、歌舞伎や浄瑠璃という伝統芸能に対してはいっこうに知識がなく、何とも情けない限りでありますが、それでもたまにそんなのに触れた時、やはり伝統の凄さの片鱗を感じます。
 本格的に鑑賞眼を鍛えていけば、もっと凄いんだろうなとは思いつつ、なかなか思うようにはいきません。

 日本文学についても、もちろんリアル・タイムの小説などもきっと面白く、感心するような作品がいっぱいあるのだと思いますが、今のところ、少し(かなり?)時代がかった小説の方をずっと読んでいます。

 そしてその読書報告などをぼそぼそとブログにつぶやいています。
 ご愛読いただければ、感謝この上ありません。
 どうもありがとうございます。

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