「ツチヤ教授」と一緒にPISAテストを考える(その2)

  『ツチヤ学部長の弁明』土屋賢二(講談社文庫)

 またまた、前々回からの続きであります。
 前々回までの内容ですが、ツチヤ教授の究極の理論性でもってPISAテストを考えてみようと、わたくしはまず、考えたのでありました。
 しかしその後、急速に書き続ける意欲を失いまして、でもまー、せっかく書き始めたんだから、一つだけ具体的に問題を紹介して終わっておこうということで、前々回の最後に数学の問題を一つ紹介いたしました。

 今回はその、「解決編」であります。
 (えー、設問については、すみませんが、前々回の内容をご覧おきいただきまして)正答例から行きます。

 正答例は、

 「B。Bは円だが、AとCは円から取り除いた形だから」

などとなっているそうです。

 ……、うーん。
 「B」はともかく、正答例の「理由」の文章にはなにか違和感を感じませんでしょうか。私はとっても感じたんですけどねー。

 ツチヤ教授は、この違和感の正体について(別に私の違和感についてだけではないでしょうが)、こんな説明をなさってくれています。ちょっと長いですが、引用してみます。

 たとえば、「どうして彼は将棋が一番強いか」と問われて、「だれにも負けないから」と答えるのは説明になっているだろうか。「一番強い」ということは、「だれにも負けない」ということに意味の上で等しい。だから、「だれにも負けないから一番強い」という説明は、「だれにも負けないからだれにも負けない」という同語反復にすぎず、説明になっていない、という考え方もなりたつだろう。
 面積の大小を問うこの問題についても同じことがいえる。「ある面積を取り除いた」ということは、「面積が小さくなる」ということに等しいという考え方もありうる。「AとCはBからある面積を取り除いた形だからBより面積が小さい」という説明は、「AとCはBより面積が小さい形だからBより面積が小さい」というに等しいと考えることもできる。つまり、AとCを「Bから取り除いた形」とみることは、「Bより小さい形」と見ることに等しいと考えることができる。この考え方に立てば、これは説明になっていないとか、この説明は自明なことを述べているだけだと感じられるのではなかろうか。


 どうですか。
 論理性とは、こんな文章のことを言うんじゃないでしょうかね。
 ところで、ではこの問題の正答の「理由」としてどんな説明なら、すとんと腑に落ちるのでしょうか。これもツチヤ教授は書いてくれています。いわく、

 「きわめて自明だから。」

 私は改めて「ツチヤ教授=土屋教授」と、学問というものの偉大さについて、大いに拍手をしたのでありました。(ツチヤ教授の答えはPISAテストでは不正答だそうです。)

 最後に蛇足ながら、私の付け足し考察といたしまして、上記の正答の違和感は、たぶん言葉の翻訳の問題が原因であると私は思います。その理由については、ツチヤ教授のように見事に一刀両断の論理展開はできませんが、私の直感として。


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