まずその音楽を聴いてみたい

  『意味がなければスイングはない』村上春樹(文春文庫)

 本を読むことが好きで、音楽もわりと好きなものですから、別に意図しなくても音楽がらみの本を結構読んだりします。
 音楽のジャンルでは、いわゆるクラシック音楽と呼ばれるものを中心に聴いていますので、音楽がらみの本も自然その方向のものになります。

 しかしそんな本を一定量読んでいると、いわゆる「違和感」を覚えることが、結構あったりします。(過去のブログ記事にも少しまとめて書いています。)
 それは一言で言うと、書かれてあることの客観性がよく分からないと言うことですね。
 そしてこの私の感じ方についても、異論のあることは、まー、一応存じ上げています。
 「そもそも音楽鑑賞に客観性などあるのか」という考え方ですね。

 冒頭の本書にこんな事が書かれてありました。

 言い訳をするのではないが、音楽について感じたことを文章のかたちに変えるのは、簡単なことではない。それは食べたものの味を、言語的に正確に表現することの難しさに似ているかもしれない。感じたことをいったん崩し、ばらばらにし、それを別の観点から再構築することによってしか、感覚の骨幹は伝達できない。そのへんの困難さをどのように処理し、解決していくかというのが、文章をなりわいとする僕にとっては、一つの挑戦でもあった。

 どうですか。
 「感じたことをいったん崩し、ばらばらにし、それを別の観点から再構築することによってしか、感覚の骨幹は伝達できない。」という部分は、音楽を文章に表す方法について触れている個所ですが、とりあえずこの説明自体がとっても上手に書かれていると、私は感じるんですね。(実は、この説明内容をさらに具体的に書くには、これは並大抵ではないとも思うんですが。)

 私は、こういった書きぶりこそが、小説を含めて村上春樹の文章のとっても魅力的な部分だと思います。
 とりあえず誰もが理解できそうな言葉で説明してしまおう、と書くと、少々皮肉的にも聞こえてしまいそうですが、このことがいかに難しいかは、他の凡百の音楽評論家(だけではない評論家・文章家全般)の文章を読めば一目瞭然であります。

 「俺がこう聴いたからこうなのだ」としか書いていないような文章ばかり読まされていると、ほとんど人間不信にまで陥ってしまいそうなんですが、この度本書を読んで私は、今まで密閉されていた部屋の天窓が開かれたような、大いに救われた気がしました。

 そして、さて本書の具体的な楽しい内容につきましては、読後感として、その音楽をとっても聴きたいと思わせるものであるというにとどめまして、先にちょっと、アンプのスイッチをいれてみますね。……では。


にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)