「庶民の武器」とは、何か。

  『リストラと能力主義』森永卓郎(講談社現代新書)

 この本を読みつつ私はふっと、もう数年前になるんだと思いますが、評論家の佐高信氏の講演会に行ったことを思い出していました。
 講演会で聞いた当初は、かなり「スリリング」な内容に感心した覚えがあるんですが、いかんせん加齢のせいで、今となってはぼんやりとしか内容を思い出せません。

 (しかし、考えますに、何でもかんでも加齢のせいにしてしまうというのも問題ありますよね。これはひょっしとたら加齢のせいなんかではなくて、そもそも私の脳みそ自体にかなり問題があるんではないかと、しかしまぁ、今更そんなこと言われたってナー、というようなことに思い至りました。どっちに転んでも、先行きは不安でありますナー。)

 さて、そんな断片的な記憶をぼつりぼつりと辿りつつ、以下、書いてみます。
 確かどこかの大学主催の講演会ではなかったかと思うのですが、大学主催ってのと、佐高信ってのがもうひとつそぐわない印象があって(だって佐高信といえば、本田勝一とか筑紫哲也なんかのお友達でしょう、違うのかな。)、はたして本当に佐高氏が来て、佐高氏らしい話をするんだろうかと疑わしく思った記憶があります。

 ともあれ、とりあえず申し込んでみまして、そしてまー、勇んで行ったわけですね。
 すると、佐高氏が佐高氏らしい話をしていました。こんな話でした。

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 文部科学省と日教組は、互い反目しあいながらかも知れないが、結果的に力を合わせて「庶民の武器」を取り上げた。
 「庶民の武器」とは、「疑う・嘘をつく・逃げる」である。
 労働環境の悪化、企業不正、過労死などの実体を考える時、「良い会社」こそが人を殺す、素直が人を殺す、真面目が人を殺す、ということを正面から考えるべきである。
 そうすると、指導者や教師はそう簡単に「人を疑ってはいけない」とか「嘘をついてはいけない」とか「逃げてはいけない」などとは言えないはずだ。
 そんなジレンマなしに、もはや現代という時代は、指導や教育はできない。

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 私はこれを聞いて「うーん」と唸ってしまったんですが、以下、次々回に続きます。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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