だから「自戒」なんですって……(その3)

 えー、同じテーマで、三回目になりました。
 少し前に、わたくしのブログを愛読してくださる、数少ないありがたい読者様から、「続きもんばかり書くな」とのご指摘をいただきまして、わたくし大いに反省いたした次第でありますがー、えー、まー、ひらにお許しを願って、第三回目であります。
 もう、前回までの内容のまとめはしません。一気に行きます。

 ……さて私が思ったのは、授業を聞いていてもほとんど質問をしない生徒達というのは、本当に困ったものなのかということであります。

 もちろん質問をしない原因の決して少なくない部分に、生徒達が授業をちゃんと聞いてないんじゃないか、あるいは彼らサイドから言えば「授業がおもんない」というのがありましょうが、それはさておき、私のこの度の社会人向け講座を何度か聴いた体験から鑑みますれば、それは、生徒学生諸君が、目上の方に失礼があってはならないと言う、実に深い思いやり精神や、すがすがしい慎みの心・謙譲精神に満ちているということではないかという発見であります。

 このことに思い至った時、私は、「はしたなさ」の自覚とか「もののあはれ」の源泉とは、そういった若者の心の佇まいのことを指すのではないだろうかと、ほとんど感動しかかりました。

 急増する老人層は、そうでなくとも現代日本社会の諸問題の縮図でありますが、そんな人々、つまり私などが、簡単に「学び直し」といい、「向学心」といい、社会人講座に続々と繰り出すというのは、誤解を恐れずに言いますならば、ひょっとしたらかなり何か、大きく間違っているんじゃないかと言う気が、この度いたしました。

 そう考えると、大人や年寄りの厚かましさを表す事例には、全く事欠かないと言うことにも気づきました。
 青少年は、過ちを指摘されても素直に聞かないと言われますが、大人や高齢者は、過ちを指摘されると、その場ですぐに攻撃的に「切れる」ではありませんか。
 これ以上、私達の世代をのさばらせておいたら、実際とんでもないことになるんじゃありませんかね。

 もちろんもちろん、もちろんこれは、自戒であります。誤解なきよう。(つまり、すぐに攻撃的に切れたりなさいませんよう。ひらに。)


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テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

コメント

Re: 身に沁みます

 琉璃亜さん、コメントありがとうございました。
 寡聞のお褒めのお言葉を頂き、誠に恐縮です。
 私の場合は向学心というより、おもしろいものを見たいと言うだけのことでありまして、ほぼ何にも考えておりません。
 とはいえ、精神の運動については、意識して今後もおこなって行かねば、とは思っています。 
 まー、ぼちぼちがんばりましょうね、お互い。

身に沁みます

自分より先輩の方々への敬意はもちろん、年下の人への尊敬の念や、
時に素直に聞き入れることの大切さを、日ごろから考えていたところでした。
そんな自分になりたいものです。秀水さまの「向学心」、素敵だと思います♪
私はいつも自分中心で反省。迷うことばかり…。
だからこそ、学び続けるものなのでしょうか?

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