「天才」赤塚不二夫の陰と光

  『赤塚不二夫のことを書いたのだ!』武居俊樹(文春文庫)

 赤塚不二夫が亡くなってもう3年以上にもなるんですね。
 日本の児童漫画を言葉のままに「クリエイト」したと言っていい人々、それは手塚治虫から始まって、石ノ森章太郎、藤本弘、横山光輝そして赤塚不二夫など、私もかつて大いにわくわくしながらむさぼるように読んだ漫画の巨匠達が、ここ数年の内に、櫛の歯が零れるように亡くなっていきます。

 世代交代は世の常といえばその通りでありますが、オールドファンとしては、正直淋しいところがあります。
 そんな赤塚不二夫のことを、「少年サンデー」の編集者であった筆者が書いた本です。

 私はとても面白く本書を読んだのですが、私が少年時代に、人気漫画家としての赤塚不二夫に対して抱いていたイメージ、そして十代後半から二十代の私が同じく抱いたイメージなどが、彼のすぐ側で仕事を同じくしていた筆者によって描かれたものと(当たり前ながら)微妙に違っていたのが、私にとって本書の感想のうち、最も感慨深いものでありました。

 それは一言で言えば(そして私なりのバイアスの掛かった言い方で言えば)、天才的な漫画表現者も日々苦悩を負っているということであります。
 ただ同時に、赤塚不二夫の才能の質は、そんな自分をも笑い飛ばすところにあったということも、本書で大いに知りました。

 本書の中に、44歳の赤塚がテレビの「家族対抗歌合戦」で、水兵の扮装で歌った軍歌『月月火水木金金』の替え歌の歌詞というのが書いてあります。こんなのです。

  朝だ夜明けだ 水割り飲んで 今日も暇だよ 仕事がないぞ
  漫画書きたい 連載こない 過去の男だ 仕事がしたい 月月火水木金金


 現在でこそこういう「自虐的」ギャグは多くのタレントが用いるものでしょうが、まさにそんなギャグの濫觴といって相応しいと思います。
 そして私がつくづく思ったのは、あの天才赤塚不二夫でさえ、44歳で連載がこなくなっていたということでありました。

 世の中には様々な職業世界がありますが、その多くの世界は、永劫回帰のように胸を抉るような厳しさ苦しさを内包しています。
 しかし同時に、その世界で戦い傷つき、そして去らざるを得なくなった人々のことを、やはりある種の敬意と共に、決して忘れることはないのだと、私はこの度の読書でつくづく思うものでありました。
 そしてこんな感想こそがきっと、赤塚不二夫が一番に笑い飛ばす絶好の対象であるということも。


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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

コメント

Re: No title

 琉璃亜さん、コメントありがとうございます。
 こんな感じでずるずると書いています。
 よろしければまたいつでもおいで下さい。
 ありがとうございました。

No title

初めてコメントいたします。
何かとても心に残る記事でしたので…
「統一が取れてない」という貴プロフィールの言葉にも魅かれました。
常々、そういう言葉が私の頭をめぐっております。お邪魔いたしました!

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