国際化に無縁の人々(我が家のホームスティ顛末記)

  国際化に無縁の人々(我が家のホームスティ顛末記)

 すでに「国際化」という言葉が言われて久しい時代です。
 とは申せ、我が家には日本海溝も日本海も越えた家人が、いまだに一人もいません。
 「国際化」という言葉に掠ったような経験は、わずかこの一件だけであります。

 ……それは、かつて、娘がまだ高校生だった頃のことでした。

 一泊だけでしたが、ホームスティで日本に来た韓国の高校生の女の子を、家に泊めたことがありました。
 なんでも、娘の学校に国際交流うんぬんという授業があって、その一環と言うことでホームスティをお願いされてしまったのであります。

 家に泊まる予定の女の子は、全く日本語が分からない。そのかわりに英語ができるということでした。
 しかし、女房はこの話が降ってわいた時から、意志疎通はお父さんの仕事と逃げをうち、娘は、英語の成績がきわめてよくない。うーん、全く困った家族であります。

 仕方なく僕は、明日ホームスティに来るという前日の夕方、ブックオフに行って、『初めての韓国語』という本を買ってきました。

 しかし覚えたのは、アンニョンハセヨ・オソオセヨだけ。
 後は、何十年ぶりかの英語。といっても、韓国の女子高生と身振りと(これがほとんど)、英単語の羅列(文法めちゃくちゃ)。
 例えば僕が翌朝に彼女に言った英文を、仮に日本語に直すと、

 「お前昨日夜取る可能寝る弛緩良い時間良いか

みたいなもんだったでしょうね、きっと。ははは。

 僕は、昔、教科書か何かで読んだ、金田一京助がアイヌ語を最初に子供から習うというエピソードを思い出しました。
 あるいは、野坂昭如の『アメリカひじき』とか、小島信夫の『アメリカン・スクール』なんてのも頭に浮かびました。

 次の日、バスで京都に出かける彼女達一行に手を振って見送った後、私はドッと疲れを覚えました。

 世間では、「国際化」という言葉に、すでに「垢」がつき始めている時代と聞きます。
 しかし世の中にはまだ、このような「世間知らず」の、「日本民話」のような家族がひっそりと、静かに静かに暮らしているのでありました。




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テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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