あの違和感は、何?……オペラを聴き始めた頃のこと(2)

 話はやはり、オペラを聴き始めた頃のこと。
 そのこと(つまり「ぼくサー、最近、オペラ聴いてんだよねー」って、呆れる軽さのことです)を、友人の女性に話しました。
 彼女は、高校時代演劇部でぶいぶいいわせていた方やそうですが、その彼女の曰く、

 「あの、しゃべる代わりに曲を歌うって感覚、わたしすっごい違和感!」

 思いがけない襲撃に驚いた私は、まぁ、ごにゃごにゃと適当に答えまして、この話からトンずらしました。

 でも後で考えてみたんですが、かつて私も、確かに彼女のいっていたような感覚を抱いたことがあった、と。
 でも、いくつかオペラを聴いているうちに、知らない間に、そんな違和感はなくなってきたんですね。なんとなく、これはこんなものだこれでええやん、という感覚になってきたわけです。

 だって、それがまっとうな感覚ですよね。そうじゃなければ、世の中にオペラ・ファンなんて、いなくなっちゃうじゃないですか。
 だから私も、そのように正統的一般的汎用的プロセスを辿ってきたんですよね。
 しかしこの度、彼女にそういわれて、私ははっと思ったわけです。

 そんな簡単に違和感がなくなっていいのか、と。

 なぜ、そんなに簡単に、現実にはあり得ない状況に違和感がなくなるのか。
 それは要するに、そもそも現実自体をしっかり観察してグリップしていないからではないのか。だからそんな曖昧な現実に、たとえ変わった要素が入ってきても、気も付かなければ気にもならない、違和感など覚えようがない、という「軽薄」な状況が現前するのではないか、と。

 ……、まー、本当は、もうちょっと丁寧にあれこれと考えてみたんですがね。
 まず思ったのはこんな事でした。

 例えば、そもそも演劇は現実の疑似空間であるが、一方オペラは音楽会の異空間であるという説明。オペラを聴き始めた頃から、一応は持っていた簡単な私自身の納得事項なんですね。
 つまり、私はオペラの歌詞を言葉として理解しておらず、器楽曲と同様に、またはそれに準ずる音として歌曲を聴いているのだ。だから、この不自然さに違和感がないのだ、と。

 どうです。良い考えではありませんか。立派な説明になっていますよね。
 でも少し考えたら分かりますが、それって、単に私がイタリア語・ドイツ語がわからないってことを言っているだけじゃん、って。

 ……うーん。
 更に私は、あれこれぼつぼつと、考えるのでありました。続きます。すみません。


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