比較言語論もどきを……オペラを聴き始めた頃のこと(5)

 ……えー、前回の続きであります。同一テーマの文章の4回目になっていますので、今回は必ずや終了させるべく、前回までのまとめはナシにして進んでいきます。すみません。

 さて、日本語オペラ初体験でありました。
 正直、すごく違和感がありました。
 例えば、「さぁ、屋敷に帰ろう」なんて言う発言が、レチタティーボというんですか、高低が付いて

 「や↑し↑き↓に→か↑え→ろ↓う」

 なんて具合になってしまいます。
 イタリア人はこんな感じでヴェルディの『椿姫』を、ドイツ人はこんな感じでモーツァルトの『魔笛』を聴いているのでしょうか。
 そうだとすれば、めっちゃ、変な気がするんですが。もしそれが変じゃないとすれば、……。

 ……うーん、あれこれ、ぐずぐずと、考えたんですがね。
 よくわからないんですがね。
 ただ、少しだけ、こんな事を考えてみました。

 それは、イタリア語・ドイツ語という言語の属性のせい(おおざっぱな言い方をすると、特にイタリア語なんてそうじゃないかなと思うのですが、「語る」と「歌う」の間にそんなに差がないんじゃないかということです)、あるいは、イタリア人がイタリア語を、ドイツ人がドイツ語をしゃべる時の感覚と、日本人が日本語をしゃべる時の感覚が、生理的に大いに異なっているせいではないか、と。

 昔、こんな事を何かの本で読んだのですが。
 例えば、英語の「I」は「私」と訳される。でも、英文には必ず主語が必要なようには日本文には主語が必要ではない。だとすれば、多くの場面で英文に必須とされる「I」と、一般的な日本文においてあまり必要とされない「私」は、吾々は便宜的に対応する単語と理解しているが、この二つの言葉の持つ生理的な感覚は、実はかなり大きく異なっているのではないか、という主旨の文章であります。

 オペラを聴き始めた頃の私は、同じような感じのものが、ここにもなんとなくあるような気がしたのでありました。
 そしてそこから、さらに別の好奇心が、むくむくと生まれてくるのですが……、あ、終わらない。

 ……居直って、次回に続きます。


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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

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