いつもクラス委員に選ばれる少年のように

  『第九』中川右介(幻冬舎新書)

 サブタイトルに「ベートーヴェン最大の交響曲の神話」と書いてあります。
 それを加えてタイトルを読みますと、一応内容は分かるようになっていますね。
 ベートーヴェンが第九を作り出すに至る部分と、音楽は再現芸術ですから、それがその後の各時代に、どのようにして再現されていったかが書かれてあります。

 その結果何が分かったかといいますと、この作品に付いている様々な色合いは、結局のところなぜ付いたか分からないし、よく分析してみると、その「色合い」も、決して時代万人に共通理解のあるものではない、ということだそうです。

 そして、再三よく似たフレーズで書かれているのですが、第九の演奏は、この曲が我々に訴えてくる「人類への永遠のメッセージ」じみたものの対極の、混沌と混乱と困惑にまみれた場面でしばしば演奏された、とあります。(名演か否かは別です。例えば1951年のバイロイトで、フルトヴェングラーが振った第九のように。)

 ……うーん、これは優れた作品の持つ運命なのかも知れませんけれどねー。
 つまり、ひとつの演奏会、一続きの音楽祭、ある年度の音楽シーズンのなかで、「トリ」に演奏されるべき名曲だから、あるいは、歴史的シーンで必要にされてしまう名曲だから、我こそはボスであると考える複数の演奏者=指揮者が、どろどろとした権力争いの後に演奏をする、というわけですね。

 そんな風に考えると、ちょっとうんざりしてしまいますね。
 でも結局のところ、そんな旗振り役に選ばれてしまう曲って、ありそうです。クラスの中で、いつも委員長に選ばれてしまう性格みたいなものですかね。

 あれもねー、小学校からずーっとそうだったりすると、いい加減イヤになってくるでしょうねー。当人に取っては、必ずしも誇らしい評価とばかりもいっていられません。むしろ、「性格の悲喜劇」といった方がいいのかも知れません。
 (「性格の悲喜劇」というフレーズは、太宰治の『お伽草子』にありました。太宰って、こんな表現がとっても上手であります。)

 ところで本書に書いてあったのですが、第九を作曲したことで(演奏会の利益や出版料などで)、取りあえずベートーヴェンはいくらほどの収入を得たか?
 どれくらいだと思います?

 「4560フロリンに、フランス金貨40枚」

 ただ「フロリン」という貨幣単位を現在の「円」に換算して考えるのに、二説あるそうで、1フロリン→約2000円、あるいは約5000円だそうです。

 これって、二説でかなり違うんですけどー。
 大雑把に、一千万円か、三千万円ってところですか。
 ベートーヴェンが一年近くかけて作った作品ですけれども、さてこの額、どんなものなんでしょうねぇ……。


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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

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