夫婦げんかの句から始まりまして……。

 女房とケンカをした時の俳句を紹介してみます。
 特に理由はありませんが、ひょっとしたらそんな俳句紹介は、少しは珍しいかなと思ったからであります。

    木犀や諍う妻と二昔
    諍いて一人であおぐ団扇かな


 こんな感じですかね。
 でも思い出してみると、女房とケンカなんてしたのは、かなり久しぶりです。かつては、よくしてました。
 そして夫婦げんかをした後は、夏目漱石の『道草』を読んだりしていました。
 この小説は、「夫婦げんか小説」と言ってよく、実によく夫婦げんかが出てくるのと、それに至る経過が、ある意味痛々しいほどに客観的に書いてありました。

 それは全く、読んでいて「これでは漱石は胃を壊すだろうなぁ」と思うほどの書きぶりであります。(漱石は胃潰瘍で亡くなります。)
 しかし読者としては、そこにカタルシスがあるんですね。
 そして私は、それなりに自らの夫婦ケンカについても反省するわけです。

 太宰治を読んだこともありましたが、あれは、「夫婦げんか明け」には利きませんね。
 太宰の「夫婦げんか小説」といえば、晩年の『桜桃』なんかですが、あれでもあきません。
 あれはきっと、太宰のねらいが、客観的な夫婦げんかの描写なんかじゃないからでしょうね。読んでも特に精神の浄化がありません。もっとも、そんなものがなくっても、太宰はちっとも構わないんですが。

 で、今回もまた『道草』を読んだかというと、そうじゃないんですね。
 じゃ、どしたか。

 ベートーベン、ですね。
 「苦悩を越えて歓喜へ」
 というわけでもないですが、ベートーベンは、結婚はしてませんが、まぁ大変な人生をお送りになった人ですね。
 音楽の才能と引き替えに、苦悩せずに人生を乗り切るすべを尽く放棄したような人です。

 でも、ひたすら努力しました。努力する能力こそが、ベートーベンの才能でした。
 あれだけ辛い人生を過ごしつつ、努力に努力を重ねて、『交響曲第9番』や、いぶし銀のような『弦楽四重奏曲』を書いたことは、誠に頭が下がる思いであります。

 そんなベートーベンに比べたら、私の歩んできた人生なんて、風呂で屁をひっているようなものです。頑張らねばなりません。努力せねばなりません。

 「夫婦げんかを越えて歓喜へ」
 と、まぁ、ちょっと、そんな感じがあるんですね。

 いやぁ、ほんと、ベートーベンって、すごいですね。




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テーマ : 俳句 - ジャンル : 小説・文学

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