行く末は夏炉と言われて微睡まん

夏炉京都SD



 この句は、実は私わりと「本気」で作ったんですが、「行く末」と言わずとも、なんか「テン・カウント」を聞くのももう間近かかなという感じの昨今であります。はは。

 先日、私の母方の、今年還暦を迎えた叔父と話をしていましたら、慢性的に首のあたりが痛いものだから医者に診て貰うと「軟骨が削れてしまっている。加齢のせいだ」と言われ、ショックを受けたと言っていたのを聞いて、僕はちょっとショックを受けました。

 何故僕がショックを受けたかと申しますと、まー、ショックと言うほどのものではないですが、つまり、60歳になっても人は加齢を指摘されると「ショック」を受けるということに対して、ショックを受けたということです。
 私なんか、

  行く末は夏炉と言われて微睡まん

ですから。
 「役立たず」と言われて「うとうとしたい」ですからね。

 前回の拙ブログで紹介しました私の川柳なんかもそんな内容でした。
 女房とお揃いの「尿漏れパンツ」を早く穿いてみたいものだなー、ですから。

 でもまー、まだそこまでいっていないからこそ、冗談ごとでこんなことが言えているのかも知れませんね。

 でも、もはや私の人生のテーマは、かなりその重心を「いかに老いて、いかに死ぬか」に置きつつあるつもりなんですけれどもねー。

 そういえば女房も、普段はめったにそんなことないんですが、たまたま僕がこの「夏炉」の俳句を書いていたのを見て説明を求めてきまして、同趣旨のことを説明したら、なんだか思い入れある風でした。
 で先日女房が作っていた川柳か俳句をちらりと覗いたら(正確な言い回しは忘れましたが)、

 「大きな木の根っこの所に座って折り紙を折っているような老女になりたい」

 という趣旨のものでした。
 似たもの夫婦ですかね。

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