『生物と無生物のあいだ』福岡伸一・その1

  『生物と無生物のあいだ』福岡伸一(講談社現代新書)

 この本は何なんでしょうね。出版社としてはかなり一押ししたい感じがみえる本ですね。
 オビとか見ていたら、茂木健一郎とか内田樹とか著名人が一言書いていて、いかにもそんな感じです。
 しかし、どうなんでしょう。よく売れたんでしょうか。
 と思うのは、ちょっと難しいんですよね。

 まー、私の理解力は元々にかなり問題があったうえ、加齢のせいで、もー風前の灯火状態でありますから、難しかったのは私だけかも知れませんが、とにかく、難しかったです。

 で、何が書いてあるかと言いますと、科学的に事実を解明することの難しさみたいなのが、書いてあったことの「その1」かな。

 因果関係を証明することの難しさみたいなものが書かれてありまして、特に病気関係の話だから、うーん、これは確かに大変な仕事だなと思わせます。

 もう少し具体的に書きますと「相関関係」を「因果関係」に断定することの困難さですかね。例えば病人の体液を顕微鏡で見たとき何かわからんものが写っていたとしても、それと病気との間に「因果関係」を立てることの難しさですね。

 こんな話があったんですが、現在の1000円札の人。野口英世ですね。この人の功績って知っていますか。

 小さいときやけどをして手の指がくっついてしまったってことは、多くの人が知っていると思いますが、この人の功績と言えば、はて。

 やーーーっと、思い出すとすれば、それは「黄熱病の研究」じゃないでしょうか。確か本人もその病気で死んだのじゃなかったかしらん。

 ところが、この本によると、現在の科学においては、この人の功績はほぼ「ない」そうです。時のヤスリに耐えきれなかったというか、まー、要するにこの人の研究なり功績なりは、今となっては間違っていたというわけですね。この人が病気の因果関係として指摘した対象は実は間違っていたんですね。

 これは、ちょっと「ムナシイ」ですね。

 するってぇと、なんですかい? ほとんど功績の無かった人が、日本のお札の顔なんですか。

 しかしそんなこと言ったら、一葉なんかも、持っていた才能はともあれ、日本文学史上に残した「功績」なんていうと、やはりほぼ「ない」に等しいですものね(うーん、ちょっと言い過ぎ、か、なー)。

 (ちょっと、別件。一葉のお札の件、次回の拙ブログ「俳句」のテーマです。)

 一葉の小説なんて、現在一体誰が読んでいますかね。100万人読書人口があったとして、1000人くらい(いえもっと少ない?)じゃないでしょうかね。
 (一葉がお札の人に選ばれたことには、かなり政治的な思惑がありますね。残酷な言い方をすれば、「早く亡くなったせいで、政治に対して、女性差別を訴える暇もなかった女流作家」ですね。)

 ともあれそんな話がひとつ。
 で、もう一つ、「その2」があるんですが、えー、次々回に続きます。

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テーマ : 読書記録 - ジャンル : 小説・文学

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