ゴシップ精神は文学研究

 『近代作家エピソード辞典』村松定孝(東京堂出版)

 わたくしごとですが、人生晩年の学び直し学問としての「文学」シリーズの読書報告です。
 しかし自分でそのように決めながら、実際にはなかなか本格的な学問研究に突入できず(まぁ、「食い扶持」の用事もありますし)、学問の周りをただぐるぐる回っているだけなのですが、今回の書籍も図書館でぶらぶらしているときに見つけた本です。
 前書きにこんなことが書いてあるのを、まず立ち読みしました。

 「(略)島村抱月が、まことに好都合な意見を残している。それによると、文学者は、日常で、ふとPassing Word(ゆきずりの言葉)をもらす、それは、かれの素顔であり本音を反映しており、その言葉からわれわれは作家の特質や思想に迫ることができるというのである。すなわち、これを以てすればパッシングワードをとらえることで、作家研究の糸口を見出しうることになるのである。」

 なるほど、「好都合」な感じのする表現でありますね。やや下品に申しますれば、ゴシップを喜ぶ精神は文学研究としてあながち間違っているわけではない、と。
 えっ? そこまでは言っていませんかね。

 ともあれ、この言葉に勇気を得て、私は本書を借りてきて読みました。
 筆者についてはどんなお方なのか全く存じ上げないのですが、文学博士のえらい大学の先生です。(平成3年初版発行の本なので、今でもご存命でいらっしゃるのか分からないのですが。)
 だから、というのか、何というのか、まー、思ったほどゴシップぽくなくて、期待はずれというか、いえそも、そも学び直しの「文学=学問」でありますから。

 この一冊に、100人の文学者や国文学者のエピソードが収録されているんですね。一人分の分量は、平均2ページと少しくらいでまとめてあります。
 だから、(というのか、ここも迷いますが)そもそもエピソードが少し物足りない感じがしました。
 ……しかしまー、「Passing Word(ゆきずりの言葉)」ですから。……。

 最後に一つだけ、内容の紹介をしてみますね。太宰治のエピソードです。
 筆者が太宰治と一緒にビールを飲み、その後お茶漬けが食べたいという太宰の言葉に誘われて太宰宅まで尋ねます。トイレを借りたあと部屋に戻ろうとしていると、太宰と夫人が、ごはんが3杯分しかないという相談をしているのをつい聞いてしまいます。しかしいかんともしがたく、申し訳なくも太宰が1杯、筆者は2杯のお茶漬けをごちそうになったというエピソードでした。
 そして最後に、こうまとめてありました。

 「その年から十年して太宰氏は夫人と愛児三人を残しての他界だった。ご長男は成人前に亡くなられたが、長女は大臣夫人となり、次女は女流作家津島佑子、『斜陽』のかず子のモデルの愛人太田静子の子治子も文壇に在る。地下の霊も満足に違いない。」

 なるほど、心中自殺をした太宰の霊が、子供達が文人になったことで満足したかどうか、今までそんなことは考えたことがなかったですが、確かに少しおやっとする問いかけでありました。


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