多様性がいかに大切か

  『人間にとって寿命とはなにか』本川達雄(角川新書)

 えー、名作『ゾウの時間 ネズミの時間』の作者です。私も読んでたいそう感心、啓発されました。でも本書はちょっとそうでもなかったです。内容がちょっとばらばらな感じがしました。
 それについては筆者自身後書きに書いていますが、もともと5本の講演録をまとめたものである、と。じゃあ、まぁ、ちょっとやむなしかな、と。

 しかし興味深い話題はたくさん入っています。
 筆者の元々の研究対象であったナマコの話しはもちろん面白かったですが、例えば、「ムシ」と「息子」「娘」は関連言語であるとか(本当かなー、と少し私は疑っているのですが)、そんなこんながいっぱい書かれてある中で、特に前半部の大きなテーマは「多様性」という言葉だったように思います。
 例えば地球上の生物について、筆者はこの様に説きます。

 生物の種は、記載されているものだけで190万種ほど、実際には1000万~3000万種の生物がいると言われています。既知の種は全体の1/5以下であり、地球に存在している全生物のカタログ作りはまだ済んでいません。
 われわれが知っている生物は、全体のほんの一部だというのに、今、ものすごい勢いで種が絶滅しています。知る前にいなくなってしまうことが起きているのです。


 そして同一種の生物についてもいかに多様性が大切なのか、こんなエピソードが書かれています。

 19世紀アイルランドに起こったジャガイモ飢饉は、遺伝子の多様性の少ない品種を広域で栽培したため、一気に病気が蔓延して起こった悲惨な例です。このような事態が起きないためにも、遺伝子の多様性を保っておくことは重要なのです。

 と、ここまでお読みいただいて、多くの方がおそらく今の世界情勢がまるで反対の方向へ舵を切りそうに見える現状にどきりとしているのじゃないかと思います。
 筆者もそういった危うい状況を、「好き好き至上主義」と名付けて述べています。

 それの典型例がインターネットの「お気に入り」で、自分の好きなものにしか興味を示さない、自分と同じ考えの文章しか読まない、そんな情報の遣り取りしかしない、そんなニュースしか見ない、等々の状況です。

 かつてインターネットは、劇的に多様な情報の受発信を簡便にしたことの素晴らしさが説かれましたが、現在において人々は、そんな多様性ある情報の元にはいません。
 そんなことも、説かれています。

 実は私は、時々手に負える範囲の「理系」の本を読むのですが(でも手に負える範囲が極めて狭いのでとても悲しいのですが、しくしく)、私にとってそんな書籍の魅力はまさにこんな論理展開にあります。
 そしてそれは、一自然物としての「人間」「社会」「自分」ということを再確認させてくれます。

 最後にそんなことを感じながら読んでいて、たいそう感心したフレーズがあったので引用してみますね。

   「死は、私の多様性である。」

 どうですか。このままでもう、一篇の詩のようではありませんか。


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