「夏目鏡子悪妻説」異聞(後編)

 『漱石の長襦袢』半藤末利子(文春文庫)

 前々回の続きです。
 前々回は、漱石の子孫にとって「夏目鏡子悪妻説」がいかに事実を捻じ曲げたものであったかが本書に書かれています、と書いたところで終わりました。
 それは、本書中の「まぼろしの漱石文学館」という随筆を中心に書かれてあるのですが、何か所か一気に抜き出してみますね。

 松岡によれば、漱石は大変魅力的な人であった。彼を慕って集まる弟子達に分け隔てなく接し、質問すれば、真剣に答えてくれたし、小説も懇切丁寧に読んで、的確で細かい批評をしてくれた。弟子達一人一人に「私の漱石」「私だけの先生」という気持を抱かせる人であった。だから小宮豊隆が自分が一番先生を理解していて「自分ほど先生に愛された弟子はいない」と思い込むのは勝手であるが、勘違いも甚だしい愚かな思い上がりにすぎないと私には思われる。

 私は以前、作家高井有一氏の文章教室に通ったことがある。その時高井氏が「しみじみとした人柄を感じさせる文章を読んだからといって、それを書いた人がよい人だなんて思っちゃいけません。騙されてはいけません。いいですか、皆さん、文章と人柄は別なんですよ」と念を押すように言われたことがある。その時、私はなぜか寅彦の顔を思い浮かべた。

 なぜ漱石とは何の縁も所縁もない東北大学にすべての蔵書があらねばならぬのか、その理由が私はわからないでいる。小宮豊隆の勤務先だからという理由だけではとても納得できない。(中略)
 このことについて、小宮はエッセイ「漱石文庫」に、すでに狩野亨吉とケーベル先生の蔵書があるからといって、こう書いている。「狩野文庫とケーベル文庫とがある中に漱石文庫があることは、きわめて自然なことということができる。漱石文庫にもし霊があるとすれば、その霊はむしろ仙台に来ることを喜ぶに違いない」。何と自分に都合のいい我田引水の解釈であろうか。私はあきれ果てると同時に、憤りが込み上げた。(中略)
 「小宮さんが勤め先に手柄顔をしたかっただけの話でしょ。そうやって大学に点数を稼いだわけでしょ。あの人のやりそうなことだわ」と、筆子は思い出すのも汚らわしいという風に険しい表情をした。世俗的な栄誉などにいっさい背を向けて生きてきた漱石の弟子にしてはお粗末というほかはない。

 とにかく古参の弟子達は、漱石が自分達と同等に扱う芥川、久米、松岡、赤木(桁平)ほか若い新しい弟子達の存在が面白くなく、ことあるごとに先輩風を吹かせていたらしい。漱石没後に急速に親しくなった新参者達を親分肌、姉御肌の鏡子は何かにつけて庇っていたという。鏡子にとっては、偉そうにふるまうこうるさい古参連中より自分を慕ってくれる若くていきのいい帝大生達の方をより可愛いと思うのが当然であろう。しかしそれがまた古参連中の神経を苛立たせ、忌々しい悪妻と小癪な若造どもめという図となったに違いない。


 ……どうですか。すさまじい文章ですね。
 では鏡子夫人は実際のところ良妻であったかと言えば、それは決してそうとは言えないようです。本書には、そんなエピソードも結構たくさん書かれています。
 最後にその中から一つだけ紹介してみますね。

 また、こういう処も母の悪妻と呼ばれる所以なのでしょうが、父がスキヤキが美味しいと洩らしでもしようものなら、それこそ、十日でも二十日でも、あきもせずスキヤキを続けます。父もさる者で、こいつ、いつ迄続ける気だ、こっちもこうなったら意地だ、いつ迄続けやがるか見とどけてやれ、というわけで、素知らぬ顔をしてスキヤキ責めに耐えているようでした。(松岡筆子の文章より)

 ……今思えばこの夫婦、おーい、誰か、何とかしてやれよーと、ユーモラスにツッコんであげたくなるような二人ではありますが、ねぇ……。


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