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「女の子を殺す」って?

 『女の子を殺さないために』川田宇一郎(講談社)

 なかなかショッキングなタイトルですね。
 一体どんなことが書いてあるんだろうと興味深く思いますね。
 でも少し考えれば、かなり想像がつきそうです。そしてその想像は、きっと当たっています。
 タイトルの意味の説明じみた文章は本文内に点在しているのですが、例えばこんな風に書いてあります。

 (片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』に触れて)基本的に恋人の女の子が死んで「ぼく」が泣き崩れる、涙を売りにすれば簡単にベストセラーになる典型

 やはりそういうことでしたか。
 と、思って読み出すのですが、なかなか面白い展開が続きます。
 例えば恋人の女の子が死ぬに至る前に、もう一つのポイントがあるそうです。わかりますか?。

 それは、死ぬ前にその女の子と性的関係を持つかどうかということで、持っていないうちは基本的には女の子は死なない、と。
 なるほど言われてみればこれも何となく分かりますね。性的な関係というのは、まー、恋愛物語においては一つの山場(少なくとも中盤のクライマックス)で、それを過ぎてしまえば恋愛物語は、その物語が「純愛・熱愛」系であるほど後は「殺す」しかない、と。

 ただ、この性的関係を結ぶまでの展開についてもわりとバラエティーがあって、みんながみんな性的関係を目指して一心に頑張るばかりではないそうです。目指さない典型を、筆者は庄司薫の「薫君シリーズ」だと言っています。

 なるほどねぇ。確かに「薫君シリーズ」は、「女の子にも負けず、ゲバルトにも負けず」がキャッチフレーズでしたものね。
 そしてこの、女の子と性的関係を結ばないために頑張るという展開は、実はかなり広く読者に共感を生む心情であると分析してあります。「薫君」以外にも例えば『伊豆の踊子』もそうだし、フーテンの寅さんなんて典型的にそうだと触れてあり、納得というよりは、その着眼がなかなか興味深くあります。

 という風に始めの方は書かれてあるのですが、途中からなんだかよく分からなくなっていきます。
 もちろんそれは、わたくしめに文章読解力がないことがその主たる原因なんでしょうが、例えば、男の子は逃走する、女の子は下降するなんて表現があったりすると、読んでいてあたかも現代思想じみた論理展開で、「ああだからこうだよね」と押しつけられその時は確かにそんな気はしながらも後で見直してみると、言われた部分の論理性はともかく、全体としては論理ばかりがひたすら先走って中身はスカスカみたいな気がするんですね、わたくしとしては。

 というような本でした。後半よくわかんなかったです。
 でも前半は面白いところもいっぱいありました。
 例えば、村上春樹の『風の歌を聴け』に出てくるハートフィールドという作家は庄司薫のことであると、両者の細かな対照が書いてありました。面白かったです。


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